LALALA
私は唇を噛み締めて。
深呼吸して、鼻をすすって、小さく微笑んで。
そして悟った。

この気持ちの、名前。




今になって、結構恥ずかしい。
公衆の面前で、あんなに大胆に抱き締められるなんて…。思い出しただけで、赤面してしまう。
思いの外、注目は浴びていなかったのが唯一の救いだった。たぶん駅を歩く人々は、ちまたのカップルに絡む暇もないくらい、忙しいのだ。

私たちは結婚式場までタクシーで戻った。

雨が、降っていたから。
しとしとと、霧のように細やかな夏の雨は、子供の頃庭で水遊びした冷たいシャワーみたいで、濡れるのはあんまり嫌じゃなかった。

でも、芝崎さんが、一応私は病み上がりだし、また風邪を引いてはいけないから、と言って引かなかった。

タクシーは式場の駐車場に停車した。
近くのバーで開かれる二次会へは、みなさん歩いて向かったみたいで、タクシーを降車したとき自動ドアの奥をちらっと覗いたら、ロビーは閑散としていた。


「ねえ、季里ちゃん。どうしてあの手紙、花絵に出そうとしたものだと思ったの?」


再び、私たちは芝崎さんの愛車に乗り換えて、元来た高速道路を戻る。


「…私、控え室の前で、芝崎さんと花絵さんが話してるのを聞いちゃって」


なんだかきまりが悪くて、もぞもぞと助手席のシートベルトと直したりしながら、私は続けた。


「芝崎さんがなかなか返事をくれないから、みたいな……」


しばらく口を閉ざし、思考した芝崎さんは「ああ、あれか」ようやく思い出したのか、半笑いで言った。


「あの返事ってのは、タダ働きのことだよ」
「た、タダ働き…?」
「そ。こないだ祐樹に髪切ってもらったとき、あの式場の専属ヘアメイクの腕が悪いとかどうとか花絵がケチつけてるって言い出して。俺にタダでやれって、しつこく頼まれてさ。しかも新郎新婦、二人分。」
「えっ、そ、そうだったんですか。突然ですね」
「ねー。しかも俺理容師だから、祐樹の散髪するくらいならいいけど、さすがに花絵のヘアメイクなんて無理でしょう」
「は、はあ」
「自分等でなんとかしてくれ、って感じで、呆れちゃって返事もしなかったな、確かに。ほんとあの二人、セコいっつうか、人使いが荒いっつうか。結局親父の店のどっかの店長わざわざ呼んできて、やってもらったみたいだよ」
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