婚前同居~イジワル御曹司とひとつ屋根の下~
樹さんは『途中で放棄した』なんて言ったけど。
出社してすぐに、忙しい時間を割いてくれたことに変わりはない。


「疑ってかかったら、寂しいじゃないですか」


A4の用紙をギュッと握り締めてから、座ったまま足でズリズリと椅子を動かしデスクに近付いた。


「さあ、頑張らないと! 青木さん、ご指導お願いします!」


二の腕に力こぶを作る仕草をしてそう言うと、青木さんは大きく深い息を吐いてから、自分のデスクのパソコンに正面向いた。


「仕事だから教えるけど。……ねえ。遊び道具にされて泣く前に、春海君を諦めることも考えなよ?」


横顔に視線を感じながら青木さんの忠告を黙って聞いて、デスクの上で拳を握った。


「ありがとうございます」


その心遣いにだけ微笑み返して、私はまっすぐパソコンのモニターを見据えた。


――大丈夫。
青木さんはなにも知らないから、今までの樹さんだけ見てそんな心配をするだけ。


頭っから私を拒んで相手にしてくれないわけじゃない。
政略結婚だけどお試し同居なんて事態になって、そして少しだけ樹さんの心に近寄れた、私は今そんな気持ちでいる。


私が感じたいつもと違う樹さんの言動。
向けられた私じゃなきゃ、彼の『優しさ』はわからないかもしれないけど。


受け止めたのは、私。
感じたままを信じることが、一番幸せだ。
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