婚前同居~イジワル御曹司とひとつ屋根の下~
そんな二人を私も父も半分呆気にとられながら見ていたけれど、社長が私に向けた言葉に、私は思わず何度も瞬きをした。


「物だけじゃなく、人間にも。幼い頃から跡取りとしての教育を受けさせた。結果、自分の意志を貫けない現実が、意識に叩き込まれているせいだ」

「自分の意志……?」


社長の言葉を繰り返した私に、社長は黙って何度か小さく頷いた。


「普通の子供が学校から帰って友達と遊ぶ時間は、習い事や家庭教師の予定で埋め尽くされていた。おもちゃや読む本も、樹が欲しがる物ではなく『有益かどうか』を判断して与えていた。そうして物心ついた頃は、『ねだる』ことをしなくなった。もちろん欲がなくなったわけじゃなく……諦めてただけだろうが」

「諦めた……」


社長が語る幼い頃の樹さんを頭の中で想像しながら、その一言を繰り返した。


「人間に対しては、もっと顕著だ。さすがに付き合う友人まで制限はしなかったが、女……結婚相手に関しては自分に選択権がないことはわかってたんだろう。だから、誰に対しても本気にならない。……思いを残したところで、手放す運命が決まってることを、知っていたからだ」


それを聞いて戸惑いながら、私は隣に座る父に顔を向けた。
さっきまでは陽気に笑っていた父も、少し神妙な顔をして頷いている。
< 120 / 236 >

この作品をシェア

pagetop