アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

私がキッチンで作業をし始めたことで会話が途切れた。
蒔田くんは黙って私の手元を眺めていたけれど、やがてぽつりと呟いた。


「正月だなぁ……。
離婚しなきゃ、今頃子どもたちと嫁と一緒に帰省ラッシュの中、運転してたんだよな……。

家族がいたときはさ。
疲れて仕事から帰ってくるとまず玄関で子どものブロックを踏むんだよな。
それで、嫁が子どもを叱る声が聞こえてきたりしたら、あーまたかってうんざりしたもんだよ。そのまま嫁に気付かれないように飲みに出たりしてな」

「そうなの?」

「うん。今、何かの奇跡が起きて嫁と子供が戻ったとしても、また玄関でブロックを踏んであのヒステリックな嫁の声を聞くのかと思うとやっぱりうんざりするんだろうなあ……。でも、一人になって自由を満喫できるかと思ったらやっぱり寂しいもんでさ。じゃあどうしたいんだって自分でも思うなあ。
営業って夜も休日も関係ないだろ?だから子どもも結局俺には懐かずじまいだったから、俺はいい親父でもなかったんだ」

「そんなこと。仕事だったんでしょ、仕方ないよ」

「仕事、ねえ。そう言いたいところだけど、俺の場合はそれだけじゃなかったな。
ブロックも勘弁だけどさ、嫁が子どもを怒鳴るのもいやだった。おもちゃを片付けなさいとかなんとか、嫁が怒鳴るだろ?そうしたら子どもは嫁の倍ほども声を出して泣く。そうしたら嫁はその子どもの声よりも大きな声で怒鳴る。
今でもあの声は聞きたくない」

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