アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
私はどんな顔をしてその話を受け止めていいのかわからなかった。
井出さんの言うとおり、後宮は世界中どこにでもある。江戸時代の大奥は今もドラマや映画の舞台としてよく使われている。
一夫多妻の制度をとっているからその国の男性は不実だとか一夫一婦制度だから誠実だとか、これはそういう単純な話ではなく、その国の社会構造や宗教などがからみあって人の家族の形を決定付けている。
貧富の差が大きい地域や、戦争などを長く続けていて男性の数が女性の数に対して少ない地域などではむしろ女性保護の観点から一夫多妻の制度をとっていることもある。
現代の日本の社会で日本の文化で育った男性が複数の女性と継続的な関係があると考えればそれは不実なことに見えるが、カガンには長く他国の属領であった厳しい過去があるとミハイルから聞いたことがある。今も、カガンは男が常に武装している国で、彼らは家族の女性を保護する義務を負っている。
日本とは歩んできた歴史が違うのだ。
「知らなかったんですね……」
井出さんはため息をついて椅子の背にもたれた。
彼はしばらく顔を上げて天井を見つめていたが、やがて姿勢を戻して私の目を見つめた。
その瞳の中には私に同情するような色が浮かんでいる。
「カガン後宮はいまでも王の私的な生活の場ですから内部のことは公開されていません。そこで働く人々も重い守秘義務が課されています。ですから後宮内のことは外部から知るすべはありません。
これからあなたにお話することは僕が見聞きしたことのみになります」
彼はそう前置きしてから後宮についての説明をしてくれた。
「カガンの後宮には女官(フレイリンナ)と呼ばれる女性たちがいるんです。
女官の大半は貴族の女性から選ばれますが、一部公募されることもあります。
女官は王やその家族の身の回りの世話をするのがおもな仕事です。ですから多くの女性はただの公務員です。待遇も役所で働くのとあまり変わりません。
カガンでは外で働く女性はほとんどいませんが、女官だけは別なので、安定した収入を得たいと望む女性にとってはこの女官というのは女性が就くことのできる仕事の中ではとても人気があります。女官は特別頭のいい女性や一芸に秀でた女性が選ばれてこの仕事につくので、元女官というだけで良い縁談がひっきりなしにやってくるといわれるほどの名誉ある仕事とされています。
ここまではいいですか」