アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「あさってが流し雛の日だったみたい。忘れてた」
「ナガシビナ?」
「お祭りだよ。晴れ着の女の子たちが厄払いに神社に行くの。きれいだよ」
ミハイルと一緒にお祭りに行きたかったな。という言葉をすんでのところで飲み込んだ。
「……」
ミハイルは私の視線の先にある提灯と桃の花を黙って見つめていたが、やがて悲しげにうつむいた。
「ミハイル?」
「……行こう」
彼は私の手首をつかんだ。いつもならば王子らしくそっと手を添えるだけなのに、その時、彼の手には強い力がこめられていて痛いほどだった。
風に揺れる桃色の提灯にぱっと灯が入った。
もう六時だ。……ホテルに帰らなくてはいけない。
「もういいのですか」
運転席から出てきたイリアスさんが私達に尋ねた。
私は頷いた。ミハイルは苛立っているような、何かに気をとられているような様子で答えず、無言のまま私を車にのせ、自分も乗り込んだ。
どうしたんだろう。
私は隣に座るミハイルの様子が気になったけれど、彼の少し冷たいような気品のある横顔が人との会話を拒絶しているように見えて、何も言い出せなかった。
イリアスさんはおそらく私達の変化に気付いていただろうけれど、それが側近としての弁(わきま)えなのか、それともミハイルの態度に慣れているのかとくに何も言わなかった。