アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)

暴漢はきっとごく一部のカガン人だ。落ち着け。
カガン人を恨みそうになる自分を必死で宥め、私は何度も深呼吸で息を整えた。


『……断らないで。
僕の心を壊さないで。
僕は、ひとりぼっちだ。あなたという妻がいなければ生きていけない』

私を国に迎えたい、そう言ったときのミハイルは、私がいなければ生きていけない。そういう表現で私に迫った。
私は彼のその情熱的な言葉の意味をただ、初恋だから周りが見えなくなっているだけだと思った。
けれどそうではなかったのだ。


彼は怖かったのだ。

国に帰れば彼はひとりぼっちになってしまう。それを知っていたのだ。
私は、彼の孤独をただ単に身内と縁が薄いという意味での孤独だと受け取っていたけれど、それは彼の抱える孤独とは少し違う。

彼の回りにいる人たちはみんな、彼の臣下であり臣民だ。今後現れるであろう彼の女官たちもすべて……。
みんな、みんな、彼に頭(こうべ)を垂れて彼を国王として扱い、彼を陛下と呼ぶだろう。彼が判断を間違っても、彼を諌(いさ)めることはするだろうが、それでも彼が命じれば間違ったことにも従う。
ミハイルにとっては従兄弟に当たるイリアスさんでさえそうであったように。


それはとても怖いことだ。

笑顔で自分のほうを向いている相手が、本心では何を思っているのかミハイルには見えなくなる。

信用していた相手があの即位式の映像のように、突然敵意をむき出しにして彼に斬りかかってくることだってあるかもしれない。
安心して背中を向けた相手に突然背中を撃ちぬかれることもあるかもしれない。
死にたくないと思えば思うほど、ミハイルは周りを疑うしかなくなってしまう。

ミハイルはひとりぼっちだ。
私の孤独など比べ物にならないほどの真っ暗な孤独が彼を包み込んでいる。

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