アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
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がたん、と朝刊を投げ込む音が聞こえ、私ははっと顔を上げた。

昨夜、眠れないからと珍しく晩酌をした私はリビングテーブルに突っ伏して眠ってしまったようだ。
変な姿勢で寝てしまったせいで首や背中がひどく冷えて寒い。
昨夜は確かに着ていたはずの毛玉だらけの古いフリースブランケットを拾い上げようとすると、冷え切った背中がきしんだ。

部屋の中はまだ薄暗く、明け方までまだ少し時間がある。
睡眠不足なのか風邪をひいたのか、頭が重く痛い。

頭痛薬の買い置きはあっただろうか。
ため息をつきながら店に下りていくと、昨夜洗い残したカップがキッチンにおきっぱなしになっている。
二階の住居部分のキッチンならばともかく、店のキッチンに洗い物を残すなんて、父が見たらきっと激怒するだろう。もう父はいないのに、私はぶるっと体を震わせて首をすくめた。

いつもの習慣どおり投げ込まれた朝刊を拾い上げレジ近くの台に広げようとしたその時、一面に小さな写真が掲載されているのに気がついた。
新聞なので色はなく、黒っぽい色で印刷された小さな写真にうつっていたのは花で飾りたてられた馬車に乗るミハイルだった。

そうか。私が昨夜見たミハイルの映像は生放送ではない。その上日本とあちらはほぼ8時間の時差がある。私が寝ている間にミハイルはパレードを終えたのだ。

警備があるはずの宮殿内の即位式で暴漢に襲われたばかりだというのに、彼は少しも警戒などしていないような様子で馬車に乗っている。車ならば防弾ガラスなどの細工もできるだろうに、彼が乗っているのは馬車だ。これもカガンの伝統なのだろうか。

写真に映る彼は微笑んで、パレードを見に来ている国民に手を振っていた。
私とのことも、殺されそうになったことも、何もかも感じさせないその笑顔を見ているうちに、私はひどくやるせない気持ちになった。
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