君じゃなければ
看護士さんは不思議そうに俺の方を見てきた。
病室を覗いているなんて怪しい奴だと思ったに違いない。
『あの…その………』
俺はまともな言い訳の一つも考えつかなかった。
『この部屋はダメよ。』
看護士さんは小さな声でそう言うと、俺がわずかに開けた扉をそっと閉めた。
『別の場所で話しましょうか。』
別の場所……
どこに連れて行かれるのだろう。
警察…って事はさすがにないだろう。
子どもが覗いただけだし。
でも施設に連絡されたら……?
犯罪者の息子が、被害者を見ていた。
なんて連絡されたら……
俺は二度と母の見舞いには来れなくなってしまうんじゃないだろうか。
それだけは…それだけは……
俺は震える手をギュッと握りしめ、看護士さんの後をついて歩いた。
そして連れてこられた場所は……
風の吹き抜ける、気持ちがよい中庭だった。
『ごめんなさいね、こんな所まで連れてきてしまって。』
『あ…いえ。』
『あなた凛ちゃんのお友達?』
『え?あっ、はい。』
看護士さんは俺を見て、一ノ瀬凛の友達だと誤解したのだろう。
俺もとっさに“はい”などと言ってしまった。
まあ、この場を切り抜くには仕方なかったと割り切るしかない。
『凛ちゃんは隣の部屋だったのよ。』
『そうなんですね、すいません。一ノ瀬…って書いてあったから、つい。』
『あそこは弟の郁君の病室よ。』
弟……。
もう一人の被害者は彼女の弟だったのだ。
一ノ瀬郁……。
『でも、まだお見舞いには来ないでくれるかな?』
『……どうして?』
『まだ二人とも体調が戻ってないの。ゆっくりさせてあげて。』
体調が戻ってない…?
『郁君はまだ眠ってるの…?』
『え…?』
『だって返事がなくて……』
『…………。』
看護士さんは返答に困っていた。
俺は何か変な事を聞いたのだろうか。
でも、別に看護士さんを困らせたくなくて……
『あ、すいません。俺、もう帰らないと。』
それ以上聞くことをしなかった。
子どもらしい言い訳をして、俺は看護士さんに手を振った。
『気をつけて帰ってね。』
それに聞かない方が自分の為だと…
何故かそう感じていたのだ。