イジワル副社長と秘密のロマンス

掲示板の前で、千花は俺に何かを言いかけた。あの時、彼女の気持ちを察することができていれば、俺は素直になれていたかもしれない。

千花とふたりなら……行く、って。

時刻は午後3時。日が暮れるまでにはまだあるけれど……行動を起こすのならば、タイムリミットは目前まで迫ってきているような気がした。

コンコンとノック音が響き、俺は横たえていた上半身をのろりと起こした。


「樹君。ちょっと良い?」


聞こえた朝子さんの声に「はい」と応えると、すぐに部屋のドアが開いた。


「もう。我慢できなくて、声かけに来ちゃったわよ。今日、これ、必要じゃない?」


ドアの隙間から室内に入ってきた朝子さんが、持っていた布を広げ、俺に見せた。


「浴衣?」


黒地に灰や白の幾何学模様のラインがあしらわれているそれは、どう見ても男性ものの浴衣だった。

眉根を寄せた俺を見て、朝子さんが大きく目を見開いた。


「そうよ。樹君に……って。あらやだ。まさか千花ちゃんから何も言われてない? もしかして、緊張で樹君を誘えずじまいだったのかしら」


ゆっくり朝子さんへと歩みより、俺のために準備してくれたらしい浴衣を手に取った。


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