イジワル副社長と秘密のロマンス
「冬の頃から千花ちゃんずっと、夏祭りは樹君と一緒に行くんだって張り切ってたのよ。頻繁に遊びに来てくれていたから、てっきりもう樹君は誘われてるものだと……困ったわね」
もうずいぶん前から、千花が俺を誘おうとしてくれていた。今日の日を楽しみにしてくれていた。その事実に、胸が苦しくなる。
「夏休みが始まったころに、新しい浴衣を買ったんだって千花ちゃんが携帯で見せてくれたのよ。それで樹君も浴衣を着たらどうかしらって思いついて、勝手に用意しちゃったのだけれども……余計なお世話だったかしら」
「……すみません」
浴衣を朝子さんの手に戻し、俺は深く息を吸い込んだ。
「俺、行って来ます」
そのまま朝子さんの横をすり抜け、階段へと向かう。
「浴衣、着るから! ベッドの上に置いといて!」
階段を降りる前にほんの数秒足を止めする。声を張り上げると、廊下に出てきた朝子さんがにこりと笑った。
今までにないくらい、必死に走った。
目指す場所は、もちろん千花の家。
牧田家の門から伸びた坂の下には、家がいくつか軒を連ねている。
そのうちのどれか千花の家なのかはっきりと分かっていないけど、昔聞いた彼女の苗字はしっかり覚えている。三枝という表札を探せばいい。