肉食系御曹司の餌食になりました

肩で呼吸しながらフランス料理店のドアを開けると、黒服の店員に止められる。


「ご予約のお客様でしょうか?」

「予約客ではないんですがーー」

「申し訳ございませんが、本日は満席となっております」


丁寧な断りの口調の中に、トゲを感じていた。

もしかすると満席じゃなくても断られたかもしれないと思うのは、このひどい格好のせいだ。

通勤用のコートは前を閉めている余裕もなく、中の地味なパンツスーツが見えている。

しかも紙袋に突っ込んでロッカーにしまっていたから皺が寄り、だらしない印象を与える。

ひとつに束ねた髪も乱れているし、メイクは拭き取った後に直していないから崩れているどころじゃない。

まるで徹夜の仕事明けのOLといった見た目の私が、この店に入るのは失礼だった。


「すみません、すぐに出て行きますが、店内の知り合いに呼び出されていまして」と店員に事情説明していたら、気づいた支社長がやってきた。

「お手数おかけしました」と彼からも店員にひとこと謝罪を入れ、私を連れて店外に出る。


「随分と早いですね。会社からだともう少し時間がかかると思っていました」

「今すぐと言ったのは支社長じゃないですか。タクシーを飛ばして来たんです」


今日何度目かの嘘をつくと、「それは申し訳ありませんでした」と彼はジャケットの内ポケットに手を入れて「タクシー代を」と言う。


「いりません。それよりも書類を下さい。私、急いでるので」

< 188 / 256 >

この作品をシェア

pagetop