王太子様は無自覚!?溺愛症候群なんです
ラナはマントの下のボルサからハンカチを取り出し、それでシェノールの額に浮いた汗を拭いてやる。
彼の肌はとうとう土色に変わり、もはや息をしているかさえ怪しかった。
「ああシェノール、冗談はよせよ」
車内の床に膝をついたマクシムは、座席に横たわって目を閉じている仲間に弱々しく呼びかける。
(どうかお城まで保って)
ラナは祈る気持ちで彼らを見つめた。
それを険しい顔で見下ろしていたルザはふと、車窓に映る街の景色を目の端に捉える。
猛スピードで駆けているのですぐにはわからなかったが、通り過ぎていく街並みに明らかな違和感を覚えた。
彼は身体を捻って背にしたドアを振り返り、その小窓から外を覗いてみる。
「おい。これはもしかして、城とは反対方向に向かっているんじゃ……」
ルザが疑問を呈してからは、一瞬の出来事だった。
座席の間に座っていたマクシムが椅子の上に両手をつき、軽い身のこなしで脚を振り上げる。
ルザは無理な体勢でそこに立っていたし、狭い車内にはラナやキティがいて自由に身動きが取れなかったので、彼には圧倒的に不利な状況だった。
マクシムの蹴りを避けきれず、まともに腹にくらったルザの身体は、そのまま古びたドアと共に疾走する馬車の外へと投げ出される。
「きゃああ!」
キティが怯えた悲鳴を上げる。
「ルザ!」
ラナは慌ててドアの外れた乗り口から身を乗り出したが、すぐに後ろから伸びてきた腕に捕まってしまった。