王太子様は無自覚!?溺愛症候群なんです
国の要たる彼らがそんなふうだから、ここ数日の王宮は祝福の仮面を被りながらいつもどこか暗澹としていた。
ラナにはそれが不満でならない。
誰か彼女を笑って明るく送り出してくれる者はいないのだろうか。
「ねえヴィート、お願いだからそんな怒った顔をしないで。私は模範的な王女ではなかったかもしれないけど、これからは立派な妃になるの。私が子猫より重たいものを持ったこともないようなご令嬢ではないこと、あなたはよく知っているでしょう」
ラナはなんとかこの堅物を微笑ませてみようと努める。
彼とは愉快なことをいくつも経験したはずだ。
「たしかにラナ様は度々山で馬を駆けたり、海水路に飛び込んだり、剣術を教えろとせがんだり、手のかかることもございました。どれほど国王陛下にご心配をおかけし、何度お叱りを受けていたことか」
「そうね、お父様は心配性だから。でもどれも楽しかったわ。きっとこれからもうまくやっていけると思うの」
「ええ、今思えばどれも他愛のないことでした。ラナ様は我々にとってこれ以上ない王女殿下であらせられます。そんなラナ様を邪険にするような輩なればこのヴィートが黙っていないというもの。世界最強のスタニスラバ海軍を引き連れ、必ずや……」
「あっ、見て、ヴィート! もう港があんなに近くに。下船の準備をしなくちゃ」
「ラナ様、そのように甲板を走られては危険です」
ヴィートを懐柔することを早々に放棄したラナは、ローブの裾を持ち上げて鼻歌まじりに船内へ駆けていく。
思えば、彼の笑った顔などこの17年で一度も見たことがないことに気がついたのだった。