王太子様は無自覚!?溺愛症候群なんです
でもまさか本当に王女である自分に大陸の言葉を使う日がくるとは思っていなくて、今は胸が躍って仕方がないのだった。
北の大陸では肌を撫でる風も降り注ぐ日の光も、別の香りを帯びているように思える。
頬を紅潮させるラナに、青年も静かな笑みを返した。
「皆、王女殿下のご到着を歓迎しているのです」
「スタニスラバには港がないの。素敵だわ。私、もうこの国を好きになりそう」
ラナの生まれ育った国は、その島ひとつで巨大な要塞国家だった。
市街地へ入るには10キロ以上続く運河を進まなくてはならず、その途中には軍艦が常駐する環状海水路が幾重にも巡らされている。
王宮へ辿り着くためにはいくつかの跳ね橋を渡るか、王立海軍の攻撃をすべて避けながら運河を行くしか方法がなかった。
軍港は宮殿の中につくられていたが、これは国家機密である。
そもそも北の大陸との間にある霧の深いジゼル海峡を思うがまま行き来できるのは世界中で唯一王立海軍だけだから、今のところスタニスラバ国王の許可なく上陸することはどの国にとっても不可能だった。
「スタニスラバ王国の都も非常に華やかで美しい街だとうかがっております。私も天に向かってそびえ立つあの3つの塔を、いつか間近で見上げてみたいものです」
赤い制服の青年は目を細め、未だ謎に包まれた幻の王都を思い描くように言う。
ラナは彼に従って少しずつ船から遠ざかり、見物人たちがつくる壁の手前までやってきた。
豪然と飾りつけられた馬車の手前で足を止める。
この馬車が、彼女を婚約者の元へ送り届けてくれるはずのものだ。
「さあ、中へどうぞ」
青年が扉を開けて促した。
ラナは理知の宿る瞳を瞬かせ、男を見上げる。