王太子様は無自覚!?溺愛症候群なんです
使用人も数多く雇っており、彼らの村に職のない者はひとりもいない。
山間の者は羊や牛や鶏を飼って生活し、平地の者は野菜を育て、力仕事のできない者や女性たちは領主の元で働いた。
辺境伯は特別贅沢を好まなかったし、自然に囲まれて育った娘も、宝石やお菓子といったものより、野に咲く花や新鮮な肉と野菜が好物だ。
デイジーはこの長閑な辺境地とここに住む人々が好きだったし、村人たちもまた、美しく気立てのいい令嬢を心から慕っていた。
王城の夜会に出席したときの煌びやかな衣装を着た彼女とは違い、簡素なシフトを被り、紐で前を締めるタイプのボディスを上に羽織って、足首が見える丈のスカートを履いている。
艶やかな黒髪を適当にまとめて、腰からエプロンを下げ、紐でスカートの裾を持ち上げて縛った姿などは、村の農民女性と大差はない。
けれど珍しい濡れ烏色の髪もアメジストの瞳も見る者を不思議な気持ちにさせたし、元来おとなびて淑やかな雰囲気のある女性だったので、誰もがその様子に健気で慈悲に満ちた印象を受けるのだった。
デイジーは腕に抱えたカゴいっぱいにナバのパンを詰め、前庭で休憩を取る兵士や村人たちに遅めの昼食を配って回る。
近衛兵の中にはすでに彼女の美しさに当てられた男がたくさんいて、皆一様に鼻の下を伸ばしていた。
のんびりとした田舎へやってきて、多少気が抜けているようである。
デイジーは屋敷に近いところに建てられた天幕の中へ入ると、木の椅子に腰掛けた王太子と彼の側近の姿を見て、僅かばかり切なそうに目を細めた。
しかしすぐに気を取り直すと、深く膝を折って礼をする。