ファインダー越しに、その世界を殺して。

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俺の後ろを物珍しそうに何の特徴もない風景を見回しながら着いてくる女は歩く度にカメラを構えていた。

何の変哲もない町だ。高層ビルが並ぶ都会でもなければ海の音をBGMにスローライフを送れるほど落ち着きもない。

コンビニも電車もバスもある。生きるために不自由はないがこれといった刺激もないそんな場所、それが下田町だ。

俺はこの町から外に出たことがない。顔馴染みの友達と遠くへ遊びに出掛けることはあっても帰ってくるのはいつもここだ。彼女は下田の人間ではないのかもしれない。この町の一瞬を夕陽に溶かしながら刻むようにシャッターを切っている。

今もなお過ぎゆく下田の1分1秒を惜しむかのようにファインダーを覗いている。

彼女は何をそんなに残したいのだろうか。

生まれてこの方京都で撮った修学旅行の記念写真、高校最後のバスケの試合の日に撮った集合写真、卒業アルバムの個別写真程度にしか写真と縁のない俺にはプロの写真家の気持ちなどさっぱり理解できなかった。

懐かしいなぁ高校時代。人数の少ない弱小バスケ部の中の更にポンコツ部員だったけど最後の地区大会、俺結構頑張ったんだよな。結果は負けだ。でも俺はあの時人生で一番輝いていたと言ってもいいほど全力だったと思う。

今でも少しは動けたらいいなと買い物袋を下げる反対の手で空気を押し返すようにトントンとボールを突く真似をする。


「その動きはなんだ?」

「ドリブルのつもり」

「ドリブル?」

「バスケ知らないのか?」


俺と女の間を割って春一番が下田の町を吹き抜けた。

散りかけの桜が名残惜しそうにオレンジの宙を舞う。おお、綺麗だ。きっとベストショットが撮れただろうに女は俺のエアドリブルを凝視しているからシャッターを押せていない。

申し訳ないことをしてしまったとお詫びも込めて女の頭上に不時着していた数枚の花びらを払ってやった。

もしかしてセクハラなんじゃないかと後から内心焦ったが、女はそんなこと気にも留めていないようで、カメラから手を離し見えないボールをアスファルトに突き始めた。


「こうか?」


その手つきはバスケを知らない人間にしては完成されすぎていて、しかしなんとなくぎこちない見覚えのあるボール捌きだった。

もっと指先に力を込めろ、吸い付かせるみたいに引き寄せるんだとあれやこれやアドバイスしてやろうかと思ったが、女の動きを見れば見るほど感じた既視は確かなものになってくる。

ああこれ、俺がさっき見せたドリブルの完璧なコピーだ。

掌の角度もリズムも高さも寸分違わない。一瞬見せたものを初対面の女に狂いなく再現されて気味が悪くないと言ったら嘘になる。

ただこの時の俺は素直に凄いだなんて馬鹿みたいに感動していた。「上手いよ」と声をかければ親に褒められた子供みたいにあどけなく口角を上げた。

そして女は被写体として何の了承もしていない俺を唐突に写真に収めたのだ。


「今の顔、好きだ」


桜色に染まった目元がゆっくりと弧を描き、小首を傾げながら好きだと告げるられる。うん、まぁ悪い気はしない。








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