エメラルド・エンゲージ〜罪の葉陰〜
「……ぼーっとしていたら、階段を踏み外しそうになってしまって。
手すりに掴まってたので平気なんですけど、ちょっと、びっくりしちゃって……」
「本当に平気かい?足をひねったりは?
具合が悪いんじゃないか?めまいがしたりは?」
頭の上から次々と繰り出されるハルヒコ様の質問に、私はうつむいたままでひたすら「大丈夫です、平気です」と答え続けた。
一刻も早く彼の前から立ち去りたかった。
やがて、私はケガをしたわけでも具合が悪いわけでもないとわかったらしいハルヒコ様は、ひとつ小さなため息をついた。
「……よかった。何ごとかと思ってしまったよ」
心の底から安心したような声で、彼が言った。
(あ……)
私は気付くと顔を上げていた。
その、私を本気で心配してくれた気持ちのにじむあたたかな声音に、吸い寄せられるようにして。
きれいな鳶色の瞳が、目の前にあった。
私の視線を受け止めて、その瞳が微笑みの形に細められる。
ああ、そうだ。
この屋敷に来てから、ずっと私を見守ってきてくれた、深く優しい彼のまなざし……。
それを思い出すと同時に、不安と疑念に冷えていた心が、氷が溶けるように安堵にゆるんでいくのがわかった。
そうだ、ハルヒコ様は私を捨てたりなんかしない。
こんなに優しくて、こんなに私を大事にしてくれるハルヒコ様が、そんなことするはずないじゃない……。