~団塊世代が育った里山から~
人を化かすキツネだと信じて「カキモチの話し」
短かった昼間の時間が長くなって積もった雪の表面がとけて、夜になって気温の低下で締まってザラザラとした畳のような雪面になるシミ渡りができるようになると、野山のどこにでもいける平原になって閉ざした生活から解放するのです。
農家は牛馬と同居していて、マヤにたまった敷ワラとフン尿の混ざり合ったコヤシ「堆肥」を、マヤから引っぱり出してコヤシバに積み重ねて発酵と熟成させるのです。
運び出す裏口の硬くしまった雪を掘り割って板戸を開けると、何カ月ぶりに春の匂いのする快い風が家のなかを吹き抜けていくのです。
春の風は明るくなった家の隅ずみまで滑らかに通り過ぎていき、閉ざした冬の長いあいだにたまった重い空気と入れ替わるのです。
熟成させたコヤシを箱ソリに積んだ主と主婦は、シミ渡りで家と田んぼの最短距離を直線で結ぶ、ソリ道を何度も運ぶのです。
雪の固い早朝から緩むまでの作業を早く終やそうとした途中に、仲が良いオジサンが「ナンデマタ ソンナニシテ エッセニ カセグン ダネェ~ エギ ヤッコグ ナッタスケ エップクデモ シネカネェヤ」と、巨体を揺らせて裏口からコヤシバにきたのです。
オジサンは二十歳で受けた徴兵検査で甲種合格をもらい、陸軍からの召集令状で○○師団に入隊して中国戦線の最前線で戦ってきたのです。
体力の必要とする山砲部隊の軍務に配属して、生死の境をくぐり抜ける軍隊で鍛え抜いた背の高い人並み以上の立派な体格を持った人なのです。
主は早くからのソリ引きに疲れたのと、暖かさで雪が緩んで引っ張るソリが重くなって作業がやりづらくなったことを言い訳に、オジサンから勇気ある戦争の話が聞けると思いお茶ナンコ「お茶飲み」にすることにしたのです。
オジサンは体格のいい人だけあって、食欲が旺盛だと知っていて機転を利かした主婦は、主にお茶を出させてコビリ「おやつ」を作る準備をするのです。
餅を細長く切って寒風でシミさせて乾燥させたものを、デンジモト「縁側」からワラで縛ったままのカキモチをぶら下げてナガシバに持ってくるのです。
菜種を絞った香ばしい菜種油で揚げたカキモチを、オジサンにお茶うけに食べてもらおうとするのですが、揚げる香ばしさが家のなかに漂うと近くで遊んでいて絶えずおなかを減らした子供たちが、匂いをかぎつけてわれさきと帰ってくるのです。
普段は油で揚げた物などめったに食べない子供たちは、戦争の真っただなかの「産めよ、増やせよ」の時代に生まれた、八人の兄妹がいる主の家は大家族なのです。
兄妹のなかで五歳になったばかりの七男も、母親からまだ暖かさの残っているカキモチ数本を、小さな手を油だらけにしてもらってニコニコかおなのです。
いつも兄妹がすることに早々と自分たちの定量を食べ終えた兄たちが、カキモチを奪いに来ると予測した七男は、両手にしっかり握りしめて頬を赤くして開けた裏口の暖かい外に出るのです。
オジサンは自分がお茶ナンコに来たので、主たちの仕事を中断させた遠慮があるのかいつも座る客座に上がらずアガリハナ「上がりがまち」に腰を掛けて、出したカキモチを食べながら渋茶をすすって世間話をするのです。
長い足を組んで話す途中にオジサンは、何となく雪が春の陽に白く照り返す裏口に視線を向けたとき、自分の指より大きなカキモチをかじっていた姿がこつ然と消えて見えなくなったのです。
「オイッ ○○サ オヤジ ワイラチ シッポ の オジ の姿が メエネグ なった ドォッ」オジサンの緊迫した大声にビックリした夫婦がハダシで飛び出て見たのは、姿の見えない人の背中に七男がおぶった格好で、裏山に向かってとんでもないスピードで走っていくのです。
走り方も奇妙な動きでピョコ~ン ピョコ~ンと跳ねるように、雪野原から林に入ろうとするところなのです。
七男を追いかけようとして履物を履きに戻ろうとした時に、アガリハナに居たオジサンが一刻を争う事態に反応をして、機敏に外へ飛び出て全速力で追いかけるのです。
体格の良いオジサンでも恐ろしく早く走る七男に追いつけず、逃げ去った方向を見定めて肩で息を切らせながら後を追うのです。
裏山のうす暗い杉林のなかは、枝に積もった雪が何度も同じ場所に落ちて、いくつものの小高い雪の丘になっているのです。
雪の丘が続く林をしばらく進むと、木々の合間に七男が着ていた赤いチャンチャンコ「袖無し綿入り羽織」の背中が見えたので慌てて駆け寄ると七男は、ポカ~ンとして裏口に出た時と同じかおの赤い頬をしているのです。
オジサンは七男に向かって、「ナ~ シタッテンダァ エッセ に ハエ トビックラ して オマン は シンノグ ネガッタ ノカ」と、逃げた速さの原因を知ろうとするのです。
あとから追いついた主とオジサンが七男に、「エテェ とこ ネェカァヤ アンベエ ワリク ネエカヤ」と聞くのです。
七男にケガや具合の悪いところがなくて変わった様子はないのですが、シッカリと握っていたカキモチがなくなっているのです。
一安心して家に連れ帰って冷えた体をヨロリで温めてやりながら、裏口で何があって何を見たのかを七男に聞くのです。
何もかもが雪に埋まっていて道もない裏口で有り得ない話なのですが、裏山の林からキレイなベベ「着物」を着た知らない女の人が現れたのだと、七男は摩か不思議なことを言いだしたのです。
裏の林を眺めながらカキモチを食べていると、若くて美しいアネチャ「娘」が現れて七男に話しかけ、「オランチノ バチャ ントコ ツンテ エッテ ヤルスケ ソーシタラ エッパイ カキモチ 食わして モラエッカラ オブサレヤ」と、背中を丸めたのでアネチャの肩につかまっておぶさったあとは何も覚えていないと言うのです。
油揚げなど油ものを大好きなキツネは揚げるカキモチの匂いを嗅ぎつけて、欲しさから幼い子供を難なくだましたという話なのです。
里山の神域である山中や森で、こつ然と人が消えうせて行方不明になるうわさ話があって、人知をこえた何者かが人をさらう神隠しがあると人々が言うのです。
子供たちが暗くなるまで外で遊んで帰ると、親が怒る二言目に「シトカイヤ ケツネ ダヌキ が グラヤミカラ アラワン て バカサンタリ ドッカノ シラン ドコエ 連れて エガレル スケ 暗くなる メェ に ケエッテ コンカラ エゲンデヤ」と言うのです。