~団塊世代が育った里山から~
人を化かすキツネだと信じて「若者の猟師の話し」
長いあいだに渡って狩猟をしていた老猟師は、寄る年波と体調を崩したのが原因で体力に限界を感じて、秋に解禁となる猟期から猟師を止める決意をするのです。
老猟師が残念な思いで悔いが残るのは、長年に使い込んで手入れの行き届いた愛着のある村田銃が、代々の家族に受けつながらなくて他人の手に渡ってしまうのが惜しいのです。
悔やむのは銃ばかりでなくて、昔から伝わる狩猟の伝統や知識を引き継ぐ人がいなくなると、豊かな山林や原野を守るのができなくなるのです。
猟をしなくなると有害な動物が増え続けて、植林した若木の食害や動物のバランスが崩れるのを老猟師は心配をするのです。
狩猟に興味を示さない農業を受け継いでくれた長男に、狩猟を継続しないと山林や農作物に悪い影響が出ることを話し合うのです。
里山の人々と密接に関連する大いなる自然界について納得した息子は、狩猟の仕方を教えてくれるなら猟師をやっても良いと言ってくれたのです。
狩猟免許の試験に受かり銃砲所持許可書の変更手続きを済ませ、農家の収穫作業も終わった若者の猟師は、高い山に雪が降って待ちに待った狩猟解禁日になるのです。
受け継いだ村田銃の癖や射程距離を体で覚えこむために、野原の草が枯れて木々の葉が落ちて見通しの良くなった野山や沼へ、キジやヤマドリにカモなどの鳥類を狙って夜明け前に出かける毎日なのです。
村田銃は普通の銃と比べると、ヤブのなかから不意に目の前に飛びだす鳥類に照準を合わすのは不向きで、余裕をもってエモノがある程度に離れてから撃つ熟練の技が必要とするのです。
至近距離で運よく鳥類を射止めたとしても、鉛粒の塊が直撃すると大きな穴が開くか、空中でバラバラになってしまうのです。
本格的に四本脚の動物を射止めてみたいのですが、冬の始まりは毎日降り続く雪が家に閉じ込めてしまい、あせる気持ちをおさえて降りやんで雪野原が安定するのを待っているのです。
降り続く外の景色を見ると、木の幹も枝も吹雪でどこかしこも真っ白なのですが吹雪いたあとに晴れ渡ると、見渡す限り白い真綿で覆った白銀が青い空に映える北国の美しい光景になるのです。
若者の猟師は雪の小降りになるわずかな日を見計らって、積もった雪でカンジキを着けても膝まで埋まって歩くのが困難なことを覚悟で、あせる気持ちがイッパイで猟にいくことを決心したのです。
低く垂れこめる鉛色の薄い雲間から射す薄日を受けながら、一歩ずつ深い雪を踏み締めて裏山を過ぎて沢のヘリに沿って山奥へ入るのです。
吹雪が何日も続いて大雪の降ったあとは、南向きの沢で眠っているネウサギ「野ウサギ」を狙って、汗をかきながら沢のヘリに沿って猟場へと向かうのです。
長い時間をかけて猟場までやっとたどり着き、息切れの回復と汗が引くまでタバコを吸って休憩することにしたのです。
所々に雪に埋もれた立木のコズエが出ている雪野原は、吹雪が続いた毎日でどこの雪面を見ても年輪のような風紋だけで、動物たちの歩いた足跡がひとつも見当たらないのです。
老猟師から教えてもらった風景と同じ雪野原は、沢にかなりのネウサギがいるものと期待をして準備をするのです。
銃身が雪でぬれないようにかぶせた布袋を抜き取り、腰に巻いた皮の弾帯から真ちゅう製の散弾を取り出して、銃を二つに折って装填したあとに安全器を解除するのです。
準備のできた猟銃の先台を左腕脇に挟み銃床を右手で握りながら、再び沢の上流に向かって対岸を慎重に見ながら歩きだすのです。
しばらく上流に向かって歩いた木の根もとに、ネウサギの独特の薄茶色で縁取った耳の先端が動くのを見つけたのです。
若者の猟師は老猟師から聞いた話を忠実に守り、静かに慌てず銃の射程距離圏内に入るように、沢の斜面で動いている耳との間あいを詰めるのです。
射撃位置を決めて銃床を頬と右肩にしっかりと密着させ、銃の先台を左手でつかみ手前に引くようにして猟銃を安定させるのです。
足場をしっかりと雪のなかで安定させ、左膝を折って腰を落とし右膝は片膝立ての姿勢をとって、銃身が動かないように踏ん張り準備が整うのです。
高鳴る胸の鼓動を鎮めるのと銃身がブレないように、腹で静かに息をしながら引き金にかけた人差し指は、ユックリと手のひら全体で銃床を握るように引き金を引いて撃ったのです。
散弾が発射する反動で銃身を跳ね上げて、見事に命中したネウサギは一瞬逃げようと穴から飛び出て沢を駆け上がるのですが、力尽きて川の近くまで転がり落ちてくるのです。
初めて射止めた喜びの若者の猟師は、沢の上から慌てて川に降りてネウサギを手にするのです。
白い毛に赤い瞳のネウサギはまだ温かくて、フカフカした毛皮の感触と射止めた達成感に興奮して、今にも雪崩れてきそうなセッピに向かって斜面を登るのです。
どんなエモノでも射止めた後処理について老猟師の教えでは、携帯している猟師ナタで腹を裂いて血抜きをするのです。
内ぞうを取り出して空洞になった腹のなかに雪を詰め込んで、雪に血を吸わせる掃除をしてからゴワゴワとした帆布リュックに入れる教えなのです。
射止めた喜びイッパイで興奮した若者の猟師は、雪の深さで猟場に着くのが遅くなったあせりから血の流れ出ているネウサギをリュックに入れて、新たなネウサギを見つけたい一心で沢の上流へと向かうのです。
上流に向かう途中で一羽を撃ち外しただけで、期待をした通り二羽目を射止めるのができたのですが、やはり二羽目も後処理をしないでリュックに突っ込んでせおっていくのです。
猟に夢中になってしまい、ほかのことを考える余裕をなくして山奥に踏み込んでいることに気付かず、背中のリュックの重さも忘れて次のネウサギをさがし始めるのです。
普通は沢の南向き斜面に多くのネウサギがいるのですが、予想に反して突然と立っている足元のセッピの下から、対岸に向かって大きなネウサギが飛び出して逃げていくのです。
猟銃の準備ができていなく慌てて、銃の負い皮を肩から外して対岸の斜面を駆け上がるネウサギに照準を合わせるのですが、ユックリと猟銃をかまえる時間がないので立ち撃ちの姿勢で、右脇を締めて銃口の照星と逃げるネウサギが重なった瞬間に撃ったのです。
撃った瞬間の左目に見える被弾した毛が飛び散る手ごたえがあるにもかかわらず、致命傷を外したのか勢いよく沢を上り切って逃げていくのです。
命中をさせた自信があるのに逃げたネウサギに納得がいかず、弾が当たったと思う場所までいって見みると、足跡に真っ赤な血が点々と雪に付いているのです。
半矢になったネウサギは逃げる途中で失血死をするか穴の中に潜り込んでいると考え、足跡を追跡することにしたのです。
どのくらいの時間を雪野原に点々と付く血の足跡を追い続けたのか、失血死をしていないネウサギは小さな林へと足跡が続いていて、林のなかで動けなくなっていると信じてなかへ入ったのです。
小さな林に入ってからも足跡をいくら追っても、半矢のネウサギに追い着くことも失血死をしている場面にも出会わず、考えてみると雪野原に小さく孤立した林なので少し歩けば突き抜けても良いはずだと思えてきたら、これは自分の身に何か変なことが起きていると感じたのです。
失血しながら逃げるネウサギは林のなかで長い時間を逃げる場所がないと思った瞬間に、鉛を飲んだかのように体が重くなってその場にへたり込んでしまったのです。
追いかけることに夢中でタバコを吸うことさえ忘れていたので、マッチを擦ってタバコに火をつけて大きく吸い込み紫煙のうまさが刺激をしたのか、急に空腹感がおそい昼ごはんのオニギリを食べていないのに気が付いたのです。
林に入る前に食べるか迷ったのですが、正午少し前でもあって半矢のネウサギに追いつくのにわずかな時間だと思い食べないでいたのです。
ノリでご飯が見えなく包んだ大きなオニギリを一気に食べたあとに、汗が冷たくなって寒気を感じたので太陽の高さを見ようと山を見ると、白いシルエットのりょう線が赤く染めながら今にも太陽が沈もうとするところなのです。
確か正午前に林に入ったはずなのに、なんで太陽が沈む時間までは何だったのか、頭のなかは理解のできない不思議な気持ちになったのです。
オニギリを食べてからタバコを吸い終わって思ったのが、早く戻らないと老猟師が心配していると気がついて、初心者の不慣れな猟で銃が暴発してケガをしたのか、安定しない山のなかで雪崩が巻き込んで動けなくなっているのではないかと、老猟師が心配をしてくれていることを想像して重い腰を上げるのです。
立ち上がって周りの雪上を見渡すと、自分の歩いた無数のカンジキの足跡にネウサギの血が、点々として林のなかに何重にもなって付いているのです。
夢中になって追いかけている時にはわらなかったのに、なんで今になって何重もの足跡が見えたのか、恐ろしくなって帰ろうと思いリュックに手をかけてすぐに原因が分かったのです。
射止めたネウサギを入れたリュックは血がにじみ出て、持ち上げるとポトンポトンと滴り落ち雪を赤く染めるのです。
その血の跡を半矢のネウサギと思い込み何時間もかけて林のなかを、何重にもわたって自らつけた足跡を追いかけていたのです。
正体の知れない恐怖を覚えた若者の猟師は、林から抜け出して薄暗くなりかけた雪野原を急いで家に帰るのです。
雪が降って来なかったものの心配していた老猟師に、家に戻って落ち着いてから小さな林であった不思議で恐ろしい話をしたのです。
聞いた老猟師は、追いかけて入った小さな林は昔からキツネ林と呼んでいて、一人で猟にいくときは絶対に入ってはいけない林で、長生きの老キツネが何十年も住処としている林だと言うのです。
なん日も吹雪が続いて老キツネもエサに飢えていたとみえて、リュックから血を滴らしたネウサギを奪おうとするキツネに騙されて、我を忘れて猟に夢中になったオマエが悪いと怒れるのです。
老キツネが一番嫌うタバコの臭いにガマンができなくて騙すのを諦めたことに、タバコを吸ったことで自分の頭が覚醒したのが幸いしたと言うのです。
あのまま老キツネが騙し続けて夢中になってネウサギを半矢と勘違いして、いまだに追いかけていたら体力を使い果たして夜の雪野原でどうなっていたかを想像すると、自然の怖さと恐ろしさが身を持って知ったのです。
恵みを与えてくれる大自然に人や動物が暮らせるのは、先人が長い時間をかけて自然と共存ができる環境と知恵を代々に渡って引き継いで生きてきたことに、動物たちは習性をむき出しにして飢えと弱肉強食の秩序のなかでバランスを保ちながら、厳しくもあって優しさのなかでゆっくりと流れる時間を生きているのです。