~団塊世代が育った里山から~
子供たちの遊び五
子供たちが親からもらうお金が五円から十円で少ないので、もっと多くのお金を得るためと遊び半分で、空き缶やクギを拾い集めてクズ鉄屋に売ってお金にするのです。
壊れて鳴らない真空管ラジオを見つけて分厚い木枠を壊して、スピーカーに付いているU字形の強力な磁石を取り出すのです。
取り出した磁石をヒモにくくり付けて、デコボコの砂利道や空き地を引きずり回して鉄ものをくっ付けて拾い、クギ一本や空き缶一個でも真剣になって探し集めてある程度の量になったら、クズ鉄屋が「金物が ネエ か ノォ~」と回って来た時に売るのです。
裏山は旧日本陸軍の広大な演習地だったのですが、戦後に開拓団が入ってわずかな広さを開墾して畑や牧草地になっていて、ほとんどが演習の痕跡を残したままの荒れ野原で子供の背丈くらいのススキや草が茂っているなかに、人がやっと通れる狭い道路が縦横にあるのです。
いまだに不発弾が埋まっていて危険な地帯で入っていけない注意を再三にわたって受けているのですが、発覚して親や先生が叱るのに覚悟を決めた子供たちは、直射日光に照らしてむせ返る草イキレがする起伏のある道路を歩いて金物を探しに行くのです。
所どころ草の生えていないクボミには、破裂した砲弾の鉄クズや銃弾の薬きょうが落ちているのを拾って家に持ってくるのですが、演習地に行って拾ってきたのだと親にわかるとこっぴどく怒るので、山になっているクズ鉄の下積みにして隠しておくのです。
暑い日は涼を求めながら川に行き、水面の波がギラギラと太陽の光に乱反射する流れに磁石を投げ込んで、流れつく空き缶やクギを拾うのですがバケツにイッパイまで拾うのは何日もかかるのです。
物のない時代にクズ鉄がお金になることを知った子供たちは、売るものとして普通なのが鉄で価値のあるのは銅で、さらに値がいいのはめったにない鉛なのだと学習をするのです。
が集めるクズ鉄はほとんどがクギや空き缶が多くその次に針金やトタン板なのですが、皮肉なことに希少価値の高い銅や鉛は強力な磁石でもくっ付いてこないのです。
高価な値段で売れる金属ほど苦労して探し回らないと手にできないところに、世の中がうまくできていると思うのです。
赤ガネと呼ぶ銅は銅線で見つけるのが多く、電気を送る大きな送電塔の下や家庭につながる電信柱の下の草をかき分けて切れ端を探すのです。
時たま真ちゅうを見つけるとうれしくなって色模様が金に似ているので高値で売れるように、一生懸命ボロ布でピカピカに磨き上げるのです。
クズ鉄拾いの仲間に悪知恵をはたらかす子供がいて、空き缶のなかに石ころやベト「土」を詰めて街道を通るトラックに押し潰させて重さを増やして売ろうとするのです。
大人のクズ鉄屋はすべてお見通しで、鉄クズを分銅でバランスをとって重さを計る天びん棒計りで、型どおりに計った後に石の重さを引いたお金を黙って渡すのです。
クズ鉄拾いは子供たちだけでなく、いいお金になるので大人も本業として拾ったり集めたりする人もいるのです。
晩春から初夏へ移り変わる緑の美しい里山では、フキノトウ コゴミ ウド ぜんまい ワラビ タラの芽 コシアブラ アマドコロ 竹の子など、さまざまな山菜が野山で豊富に採れる季節になるのです。
なかでも竹ヤブで採れる竹の子は、太いモウ宗竹ではなく姫竹とか根まがり竹などと呼ぶ親指大の山竹の子で、モウ宗竹とは違いアクやえぐみが少なく淡泊でかすかなアマ味があって、味がしみやすいのが特徴なのです。
竹の子は雪の早く消える標高の低い竹ヤブから出始めると、里山の人たちは待っていたように競って採りに行って、採ってきた竹の子は家族全員で手間のかかる皮むきと硬い節を抜く下準備をするのです。
下ごしらえのできた竹の子は、ジャガイモ 豚肉、卵 サバの水煮缶、玉ネギと一緒に煮てミソで味付けをした、郷土料理の竹の子汁で独特な風味とカリカリとした食感を楽しむのです。
竹の子が採れる時期の季節になると子供たちが一番楽しみにしているのは、学校行事と少年団の行事を合同でする竹の子狩りがあるのです。
竹の子狩りの前日は竹の子を採りにいくために学校が休みになり、団長の家の前に集まって、大きな子供に連れていってもらい山へ採りに行くのです。
竹ヤブは大人の背丈以上の高さで、しかも密生していて竹と竹の間に足や体を挟まれると身動きが取れないので、みんなにおいてかれると思い慌てるのです。
小さい子供は側に居る大きい子供と離れないように、お尻の後にくっ付き地面に両肘をついて探すのです。
竹の枯れ葉が厚く折り重なってフカフカのベト「土」から、ニョキニョキと牛の角のように突き出た竹の子を見つけて、根もとへ指を突っ込んでギュギュっと音をさせて採ると爽快なのです。
竹の子は枯れ葉に隠れていた部分は白い皮の色で、地上に出た部分の色はみずみずしい緑色の皮がしていて、次から次と採れる親指大の竹の子を腰にぶら下げた袋前掛けに入れるのです。
みんなで採ってきた竹の子は団長の家に山積みにして、竹の子狩りに使う分だけを残して余分は集落の人に買ってもらったお金で肉やサバの缶詰を買いに行くのです。
夜も親子で集まり皮むきをして硬い節を切り取り子供たちが煮る、竹の子汁の下ごしらえをするのです。
竹の子狩りの当日は大鍋やマキと材料を持って行く分担を決めた荷物と一緒に、母親が作ってくれた大きなオニギリとオワンに箸を風呂敷に包んで、小さな肩に背負って会場へ向かうのです。
会場の草原へと向う途中は、肥よくな黒いベト「土」をクワでおこした畝跡がどこまでも続くのどかなクネクネした草だらけの道を、ゴム長靴の歩く音をさせて一列になっていくのです。
細い道の合流点で隣の集落の少年団が、団旗を誇らしげに掲げて歩いてくるのと一緒になって会場に着くのですが、草原では早くもカマドから煙を上げている少年団もいて、早く自分たちも代々に決めた枯草のなかのカマドを探すのです。
一グループの少年団に四十人以上の子供たちが居て、三十団体が一斉に野原で煮炊きを始めるので、カマドの火が枯れた草に燃え移らないように神経を使うのです。
大きい子供は芝火災を起こさないように気を付けてマキを燃やし続け、材料を段取り良く大鍋に入れて竹の子汁を煮るのです。
昼頃にはそれぞれの少年団が腕を振るった竹の子汁ができ上がり、良い匂いを草原一帯にさせてお気に入りの先生を呼んで一緒に食べるのです。
強い日差しのなかで枯草色と芽生えたばかりの若草色したジュウタンの上で輪になって、大鍋を囲み大きなオニギリにかぶりつき竹の子汁を何杯もおかわりするのです。
大きな麦わら帽子を被った白いシャツのオジサンが、夏の陽に照り返されて白く乾ききった街道を、チリリン チリリンと学校の用務員さんが鳴らすベルと同じ音をさせて曲がり角から現れるのです。
キャンディーと染め抜いたのぼり旗を立てた自転車を押してやってくる、アイスキャンディー屋さんは夏の風物詩なのです。
荷台にのった水色の箱には、カラフルな円柱状の氷に割りばしが刺さったアイスキャンディーがぎっしりと箱に詰め込んであって、冷たくて甘いアイスキャンディーは夏の火照った体を癒やしてくれるのです。
オジサンのアイスキャンディーの作り方は、砂糖の代用品でサッカリンと言う薬品を水に溶かして甘味を付け、イチゴ レモン メロン のエッセンスで香りを付けたら種類ごとの色合いに着色して、細長いガラスの容器に入れて凍らせたものなのです。
真夏のゆだる暑さに冷たくて固いアイスキャンディーをなめると、体中が冷えて果汁の味と香りが忘れない味なのです。