~団塊世代が育った里山から~

竹で作る遊び道具

険しい山へと続く裾野一帯が初夏の陽を浴びて緑が濃く目に映るころは、子供たちはいろいろな種類の竹を使ってさまざまな遊び道具を作る天才なのです。
その代表的な遊び道具の竹馬を作るのですが、竹馬遊びは缶ポックリ遊びよりは足を乗せる位置が地面から高くて、接地面が竹の太さしかないので体のバランスを保つ技を要するのです。
竹林で自分の手のひらで握りしめる太さの竹を切ってきたのやら、稲を天日干しにするハサガケに使う竹サオをちょうどいい太さのところで切って作るのです。
竹は自分の背丈以上の高さで二本を同じ長さに切りそろえて、足場の台にする二枚の板を節の部分に挟み、支える受けの板と一緒にヒモで固く縛ったら竹馬の完成なのです。
初めて竹馬を作って乗る子供は、足場の位置を低くしてバランスを取りやすいように作り、慣れてきたら位置を高くするのです。

竹馬の乗り方にはいろいろあって、上達すると足場の位置を高くして頭がヒサシにとどくほどで乗ったり、得意げに片足を交互に上げてケンケンで歩く子供もいたり、ヨォーイ ドンで目的の所までだれが一番先に着くかの競争もしたりするのです。
竹馬に乗ってのかけっこは、先端が絡み合ったり砂利道のくぼみに片側がはまったり、石につまずいたりして落ちて転んですり傷を負って痛い思いをするのです。
竹馬に乗ってサッソウと草の原に集まる子供たちは、数人ずつ何グループか距離をおいてわかれ、右回りや左回りに旋回しながらお互いをけん制して、戦国時代の騎馬武者のような陣にするのです。
グループの子供たちが相談をして一番弱そうなグループを攻撃目標に定めたら、一気に相手に向って駆け寄って攻撃を仕掛けて竹馬から落とす合戦を繰り広げるのです。
両手でシッカリと握っていてバランスをとりながらの合戦は、竹馬の足を払って草ヤブのなかに思い切り頭から落ちてコブをつくったり、勢いが余って前のめりに転んで顔面にすり傷をつくったりケガをするのです。

乗せる足の位置を高くすると、ビックリするほど普段の景色とは違がって見えて新しい発見がいっぱいで、目線の位置が変わっただけで少し大人になった気分になるのです。
足の親指と人さし指で竹を強く挟んで夢中で遊んでいると、指の付け根の皮膚が擦れて血がにじみ痛くて竹馬に乗れなくなるのです。
配置薬の飛びあがるほど傷口にしみる赤チンをぬって、コリもしないで次の日も指の痛さはどこに吹く風で竹馬に乗って遊ぶのです。

べト「土」から暖かい空気がモヤモヤと湧き上がる庭先で、子供たちは慣れた手つきでナタを使って竹製の弓と矢をつくるのです。
両腕を広げた長さに切った太くて丸い一本の竹を、縦にナタの刃を当てながら適度の幅に切り裂いたら節を平らに削って、青い表面を内側にしてバネの力が強くなるように弓の胴部分を作るのです。
弦になる丈夫なヒモや針金を胴の先端に切り込みを入れてシッカリとくくり付けたら、足でおさえて片側の先端に反りが出るように張って弦を固定したら完成なのです。
矢になる竹は真っすぐで軽くて細い竹を選ぶのですが、ところどころ曲がった竹があるので火にアブって伸ばし適当な長さに切るのです。

弓で矢を遠くまで飛ばすには、弦に矢をかけて左腕で弓の中央を持って右手で矢と弦を持って、強く引いて矢を離すと竹の反発する力で遠くに飛んでいくのです。
弓を持ち寄って集まった子供たちは、空に向かって遠くへ飛ばしあいをしたり家や納屋の壁にチョークで書いた的に命中させるのを競ったりするのです。
曲がったままの矢を使うと、真っすぐ飛ばずに意図のしないとんでもない方角に飛んでいくのですが、それはそれで危険を伴うスリルがあって楽しいのです。
危険な遊びには当然先生や親から注意を受けて、「矢が体にあたってケガをするから弓遊びは止めるように」と何度も注意を受けるのですが、飛び道具の魅力に負けた男の子たちは人の来ない山に行って隠れて遊ぶのです。

直径が三cm~四cmで節と節の間が二十cmの肉厚な竹を使って作る水鉄砲は、圧力が高まる細い方の節にキリで小さな穴の噴出孔を開けて、太い方の節は切り取って押し棒が差し込める円筒形のシリンダーにするのです。
ピストンになる押し棒は、直径二~三cm位の真っすぐな竹の棒を四十cmほどの長さで先に節が残るように切り取って、円筒のなかに隙間ができないようにボロ布を細い針金で巻きつけて固定をさせたら押し棒のできあがりなのです。
円筒に押し棒を押し込んでから、先を水のなかに入れて引くと噴出口から円筒のなかに、水をキュキューと音をさせて吸い込み押し棒で一気に押すと、噴出孔から勢いよく細く噴き出て遠くまで飛ぶのです。
初夏の暑い風が吹きぬけるなかで、水鉄砲を相手の子供に向けて逃げたり追いかけたりをして水かけっこすると、体がほどほどにぬれて冷たくて気持ちがいいのです。
意地の悪いヤンチャな子供は、意図的に鼻や口をねらって水を浴びせると一瞬息がつまって苦しくなって、逆上した子供とかけた子供とがつかみ合いのケンカになり、泣いたりわめいたりの大騒ぎのケンカになるのです。
「ワレ なにを考えて エンダァ~ 鼻や目に水を ブッカゲンナヤ メガシミタリ ハナガエテェネッカ ワレノ 鼻のなかに ブッコンデ ヤルサゲ コッチコイ」

エノキの実が青く実る梅雨の頃になると、細い竹筒にユルミ「エノキの実」を詰めて押し棒で先に送ってもう一個の実を押し込むと、空気圧で実がパァーンと音がして煙のような水煙をあげて飛ぶユルミ鉄砲を作るのです。
手ごろで真っすぐな竹をナイフの刃を押しつけながら回すと、キレイに十五cm~二十cmの長さの細い竹筒に切れるのです。
切り口の内径が五mmくらいを選んでユルミを込める元口にして、筒先の方が四.五mmくらいの切り口を発射口にすると、次第に内径が細くなって圧縮が高まる構造の竹筒になるのです。
ユルミの弾を押す棒は四mmくらいの竹棒を竹筒と同じ長さに切って、柄にする節の付いた竹筒を二cmの長さに切って竹棒に差し込むと、竹筒と一体化した柄付き押し棒ができ上がるのです。
ユルミの弾を指でプチっと気持ちの良い音をさせて元口に込めて、押し棒で発射口まで弾を送る時の感覚が、ゆるくスーッと入るものは内径圧縮がゆるくて弾は遠くまで飛ばないのです。
雨でぬれた木々の葉がうなだれて外で遊べない日の子供たちは、縁側に出て向かいの家の子供に向ってパンパパァ~ンと、派手な音をさせて静かに降る雨のなかで青い梅をかじりながら撃ち合いをするのです。

男の子はだれでも柄に銘が掘ってあって安価で買える、肥後守という折り込み式ナイフをいつもポケットに入れていて、野山を駆けめぐって木の枝を切って遊んだり、学校では木の机にイタズラを彫ったりするのですが、時には真面目に鉛筆を削ったり工作にも使うのです。
遊び道具を作って切り余った竹を十cm~十五cmの長さに切って、縦に平らに割ったら肥後守の小刀で細かく削って竹トンボをつくるのです。
粗削りした竹板の中心から両側を互い違いに片流れに薄くナイフで削って、ヘリコプターのプロペラのような反りをつけた羽根を作って、真ん中に左右のバランスをとった穴をあけて心棒を刺し込んで飛ばす竹トンボと、羽根に二つの穴をあけて心棒を手のひらに残して羽根だけが空を高く飛ばすのと二種類があるのです。
どちらの竹トンボも心棒を両手のひらですり合わせ、回転をつけて揚力が高まるタイミングを見計らって空に放すと、勢いよく回転しながらキューンと舞い上がるのです。
舞い上がる高さや飛んでいる時間を競ったり、台の上に置いた的に当てて落としたり、向かい合って飛んでくるのを取り合ったり、竹トンボを飛ばしていろんな遊びを考えるのです。
まわりで見ている子供たちは、空に高く舞い上がるとワーイワーイと歓声が沸き上がり、空を飛ぶ憧れいっぱいの思いを乗せた竹トンボを追いかけるのです。

水を弾いて浮かぶ山ササの葉を採って来て、帆付きのササ船を折って金タライの水面に浮かべると、ササの葉の帆が静かな風をはらんでユックリとタライの渕を回り出すのです。
昔の旅人や馬の喉を潤してきた街道脇に流れる水路にササ船を流して、ユラユラと流れて所々の瀬で回って漂うさまを楽しみながら見て遊ぶのです。
水路の護岸には石工の技で大小の自然石を削ったケンチ石を組み上げて、豊かな流れを抱え込むようにサラサラと水が流れているのです。
護岸をする石の表面は長い年月をへて厚くコケが生えていて、隙間に咲いた一輪の野花が水の流れに押しては戻る同じ動作を繰り替えしているのです。
険しい山につながる谷あいから流れてくる水路の水は、降った雪がとけて地中深く何年もかかって出てきた湧水でそれは冷たく大変にきれいなのです。

カヤブキ屋根の家には石組みで造った入り江の洗い場が各戸にあって、食べる泥のついた野菜や鍋や釜に食器を洗い汗と泥のしみついた衣服の洗濯もするのです。
水路には玄関先から街道に渡る大石を湾曲に割った石橋が架かっていて、初夏の早朝ならではのすがすがしさに静寂が漂う風景でユックリと時間が流れているのです。

子供たちが何の遊びのなかでも、大きい子供が小さい子供をまとめて面倒を見てくれて、一緒に遊びながら一番だいじな心の宝物を教えてくれるのです。
さまざまな道具を使った遊び道具の作り方から、自然のなかで起こる危険に身をもって教えてくれて、仲間のなかで最低限にやってはいけないことを遊びのなかで教えてくれるのです。
小さな子供は大きな子供と一緒に行動しながら心をワクワクとさせて、野山や川を飛び回わり四季折々に変わる自然とともに遊びながら大きくなっていくのです。
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