~団塊世代が育った里山から~
里山の学校一
子供たちは新学期が始まって、登校途中の景色は春カスミに浮かぶ満開の桜が遠くに近くにボーっとかすんで見えて、暖かい春の香りが漂うすがすがしい空気と優しいあさの光のなかを、砂利道に足を引きずりながら一人に二人と歩いていくのです。
芽を出したばかりで若草色をした雑草が、道の両脇を縁取っていてまだ耕していない田んぼには稲を刈り取った後の切り株がウネウネと緩いカーブを描いて、兵隊が行軍するように何列も乾きってない田んぼに並んでいるのです。
大きな石柱の真ん中を平らに削って、村立○○小学校と掘った門を過ぎて、サザナミが押し寄せるように並んだ瓦屋根の木造校舎へ向かうのです。
二階建ての校舎で横張り板の壁一面は、何枚ものガラスをはめ込んだ木枠の窓からTの字型の煙突が、瓦屋根の上に広がる鉛色の空へ何本も立ち並んでいるのです。
教室に多くの光を取り込む大きな窓は、物がゆがんで映るガラスに風が吹きつけるたびに太陽の光が反射するのです。
ベト「土」を押し固めた校庭の正面にある校舎の真ん中は、教職員と来客専用の玄関でその横にポールがそびえ立つ国旗掲揚塔があって、国旗球下からつるした大きな日の丸の旗がゆるい風になびいているのです。
国旗掲揚塔の脇にある松の下には、マキを背負って本を読む二宮金次郎「尊徳」の石像が高い台の上で、校庭で活動する子供たちの体育や遊びに登下校を静かに見守っているのです。
木造校舎の入り口は厚い板を貼り合わせた大きな引き戸があって、左右に引いて入るのが生徒用の玄関なのです。
講堂に上がる手前のスペースには、スノコが敷いてあって厚板を四角く組み合わせた銭湯の脱衣箱を小さくしたような扉のないゲタ箱が、何段もの高さで背中合わせになって何列も連なっていて、子供たちは履いているすり減ったゲタや粗末なゴム草履を無造作に突っ込んで、ハダシのまま廊下を走って教室へと急ぐのです。
長い板張り廊下が続く左側は組別の教室が続いていて、入り口に黒塗りで縦長の木札に白い文字で何年何組と白いペンキで書いてあって、一定の高さで一番奥の教室まで整然とぶら下がっているのです。
教室とは反対側は四等分に仕切った木枠のガラス窓で、長い廊下の床板は歩くとギシギシと音がしてピカピカに磨いて擦り減り木目が浮き出ているのです。
木造校舎の床や壁は、ぬくもりがあってやわらかく触っても子供たちの体温を奪うことがなくて、安らぎを感じさせてくれるのです。
落ち着きを感じる校舎の掃除は、床や廊下を母親が縫った縫い目の荒いゴツゴツとした雑巾を、バケツのなかで濯すぎ硬く絞って横一列にお尻を並べて、タッタッタと勢いをつけて床板を水拭きするのです。
四ツンバイでふいていると、床板から飛び出た古クギに雑巾がひっかかって不意に急ブレーキがかかって、背負い投げをしたように頭からクルッバタァ~ンとひっくり返るのです。
子供たちが跳び回る振動でガタガタと震えるガラス窓の隙間から、校庭のベト「土」が吹き込んで床や廊下にたまって雑巾を洗うバケツの水は黒く汚れるのです。
すり減った床板の端が鋭くササクレが立っているのでトゲが雑巾を突き抜けて手に刺さり、突然に襲う痛さに泣きだす子供もいて掃除当番は大変なのです。
木は校舎の造りだけではなくて、子どもたちが使う小さな机や硬い椅子も厚い板や角材を組んで作ったものなのです。
木の机や椅子に肥後守と言う小刀やコンパスの針の先で彫った、先輩たちの落書きがゴツゴツとして文字が書きづらいのですが代々にわたって使うのです。
教室の大きな黒板は板を貼り合わせて黒く塗っただけで、表面がツルツルとしていて光が反射して座る位置によっては文字が見にくい黒板に、何月、何日、何曜日、天気、当番とあらかじめ白ペンキで書いてあって、数字や文字を毎朝に書き込むのが当番の仕事なのです。
休み時間になると教室をわれに先と飛び出でる上級生から下級生が、床にコートラインが描いていてつり縄やロク木のある講堂へ集まり真ん中の良い場所取りをするのです。
自然と子供たちの力関係が働いて、上級生がどうしても良い場所を遊び場に確保して下級生たちは、匂いの漂う便所の近くや隅に追いやる上下関係が確立するのです。
上級生や下級生が混ざって遊ぶ子供たちの世界では、グループを束ねる面倒見の良い親分肌のガキ大将からパンチやビンタをもらうことがあるのです。
遊びでの危なさや友だち付き合いの未熟さの下級生に対して、叱り飛ばし暴力で制裁を与えるのはガキ大将としての使命と責任を持ってするのです。
悪いことをした子供に対して怒った先生やガキ大将が、ブッ飛でしまうくらいのビンタやタンコブができるほど殴るのは、団塊世代の子供たちが受ける平常で当たり前の体罰なのです。
家庭では父親が殴り学校では先生やガキ大将が殴り、友だちとケンカで殴り合いすることも日常なのですが、ケンカでも暴力でも家庭や学校で大きな問題にならないのです。
暴力を受けたりふるったりすることで人を大切に思いやる心を学び、上下関係の秩序が成り立って和気あいあいとした日々を送るのです。
木造校舎は里山の自然の厳しい風雪に耐え抜いて育った樹を伐採して、木材に加工して建てたのですが乾燥をした木材になっても組織のなかは隙間が適度にあって、空気中の湿度を吸い取ったり吐き出したりしてまだ生きているのです。
床や壁に貼った板は、ある程度の曲がり反発をするたわみで衝撃を吸収するので、学校生活でヤンチャな子供たちが転んでも壁にぶつかっても、ぬくもりの有るしなやかな木材が守ってくれてケガは少ないのです。
教室の床にダエン形をした節目が取れそうなのを見つけると、腹ばいになって緩んだ節目をコンパスの針でソォ~と外して、一階の天井裏板の隙間から下の教室をのぞくのです。
天井裏には床の隙間から落とした定規や鉛筆に下敷きが落ちていて、ホコリが薄くたまって白くなっている天井裏から下の様子がチラッチラッと姿が見えて、憧れの女の子が見えた時は一人でひそかにドキドキとするのです。
授業に飽きてきて集中力が欠けると、壁の板目が真っすぐなものや渦を巻いた文様を眺めて、遠くに見る山の姿や動物のかおに想像するのです。
木材が持っている見た目の優しさや匂いと、古くなった色合いで重厚さが増してますますと木造校舎は心を和ませてくれるのです。
雪のなかを登校する子供たちは、冬になれば寒いのだと思い寒いのは当然に木造校舎のなかも寒いのだと思っていて、北風が吹くと窓はカタカタとさせて隙間風が入ると寒く感じて、分厚い鋳物が赤くなって燃えるダルマストーブは欠かせないのです。
早く登校してきたストーブ係は、校舎の奥にある石炭置き場まで石炭を取に行くのですが、凍った渡り廊下に助走をつけてツツーっと両足を滑らせて遊びながら、バケツに山盛りでイッパイに入れた石炭を両手にぶら下げて教室に運ぶのです。
ダルマストーブに火が燃えると、雪のなかを登校してきた子供たちは周りに集まってきて、冷えた手足を温め頬は赤くして、始業ベルが鳴るまで昨晩に聞いたラジオドラマの話しをするのです。
石炭が燃える熱で胴体が赤くなるダルマストーブは教ダンの横にあって、ストーブに近い子供は熱が直接かおに当たって暑く後ろの席と窓に近い席は極端に寒くて、前かがみになって腕を組み合わせてガタガタと震えているのです。
ダルマストーブの上には大きなアルマイトのヤカンが乗せてあって、グラグラとお湯が煮立っていてその周りに子供たちの大きな弁当箱を並べて温める風景は冬の一幕なのです。