~団塊世代が育った里山から~

里山の学校五

寒暖差の激しい季節の変わり目に栄養不良な子供はどうしても風邪をひきやすくて、富山の配置薬を飲んでも治らない時があって、長引いて重症化する子供を心配する両親はやむを得ず医院に連れていくのです。
里山には珍しい西洋風な建物の医院に行くと、玄関の上がり口に子供が普段に家で履いたことのないスリッパが置いてあって、多くの病を患う人が出入りする医院にさまざまな菌がまん延している玄関でスリッパに履き替えることは、スリッパに付着した菌に感染して多くの人たちに広がる気がするのです。

待合室の小さな窓から看護師さんが名前を呼んで、白いドア押し開け緊張と熱で赤くなったかおをして診察室へ入るのです。
背もたれの椅子に座る医者の横に、消毒液の入った白いホーロー引きの洗面器が二つ並んで専用の台に置いてあって、洗面器の間に白い手布巾がかかっているのです。
洗面器のなかの消毒液はどのくらい使ったかわからず満たしていて、医者は儀礼的に両手を洗面器に浸した後に架けたままの手布巾で拭いて診察が始まるのです。

看護師さんはガラスの体温計を手首で何度か振って、埋め込んだ水銀柱の目盛りがゼロになったのを確認して脇の下に挟んで熱を測るのです。
医者の前にある丸椅子に座ってお下の伸びて薄汚れた丸首の下着を、胸までまくり上げて診察を待つのです。
チューブの先に円盤状のものが付いていて、途中から二つに分かれた先にイヤホンのようなものを両耳に入れた医者は、熱のある体に胸と背中に当てて変な音がしていないかを聞きとっているのです。
下着を看護師さんが下げてくれた後は、あごの下を医者が人差し指で押し上げて大きく開けた口の中に、消毒の匂いがする金属のヘラで舌の奥を押し下げるのです。
医者の額に付けた丸い反射鏡で喉の奥を照らして、扁桃腺が腫れていないか診ているのですが、子供は胸までこみ上げてくるゲロを必死にこらえるのがやっとなのです。

診察が終わると医者は看護師さんの方に振り返って何か薬名を指示して、看護師さんは薬棚にアンプルをとりに行き、いよいよ恐怖の注射を打つ準備が始まるのです。
注射を打つとわかった瞬間から子供は緊張と怖さで体を硬直させていて、脱脂綿で消毒している間に医者は注射器を天井に向けシリンダーを少し押して、薬液をチュッチュッと針の先から出すのです。
こわばって打つのを待っている子供の細い腕をつかんで胸の前まで引き寄せ、無言でいきなり細い注射針を突き刺した瞬間チクッと痛みが走って注射が終わるのです。
大人たちは口々に「エシャ に エッテ ナシテモ すぐに注射してくれる エシャ は エレェエシャ ナンダヨ」と言うのですが、自分の体に針を刺す痛い注射の好きな大人や子供はいないと思うのです。

子供たちは風邪や病気で医院に行かなくても注射を打つことがあって、開業をしている医者が学校に来て集団予防接種の注射が年に何回かあるのです。
予防接種がある時に子供たちは教室から丸首シャツ一枚になって、出席番号順の一列に並んでドキドキしがら講堂に行くのですが、注射を打つ講堂のなかは強烈な消毒液の匂いを嗅いで順番を待っている子供たちは、だれもが緊張と恐怖で笑顔のないかおをしているのです。

死因ナンバーワンの猛威で伝染する、結核の菌に感染をしているかを調べるツベルクリン反応検査も予防接種の一つで、注射を打った子供たちは数日たってから反応の結果を見せるのに並んで待っているのです。
膝まである長い白衣を着て座っている医者の前に進んで、シャツを肩まで巻き上げて注射を打った跡の赤くなった大きさを計って陽性か陰性か判定してもらうのです。
体のなかに結核の菌に対する抗体があれば陽性で感染しても症状が軽く、抗体がない場合は陰性と判定してBCGワクチンの接種を受けるのです。

BCG接種を受けることになった子供は、ツベルクリン反応検査の注射を打ったときは思ったほど痛くなかったので、今度のBCGワクチン接種もそんなに痛くはないと油断をしたのがとんでもないことなのです
医者の前で肩をだすと、無造作に筋肉をつかんだその瞬間に飛び上がる痛さが何度も襲って、痛さはそれだけでなくて押さえる脱脂綿が腕を動かすたびこすれて何日も激しく痛み、接種した跡は化ノウしてジクジクとウミが出て下着を汚すのです。

注射を打つ時のそれぞれ子供たちの表情は、普段はヤンチャなガキ大将は意外とかおをゆがめて今にも泣きそうになったりして、目立たない弱そうな子供が堂々と平気なかおで注射を受けたりして、予防接種は学校で子供たちの普段とは違うかおが見えるのです。
子供の時に受ける集団予防接種がいっぱいあって、ジフテリア 百日セキ、破傷風、日本脳炎 インフルエンザ などでよほど体調の悪い子供以外は全員が受けるのです。

子供たちが集団予防接種を受ける講堂では、看護師さんが忙しそうに薬液の入った小さなビンを逆さにして注射針を差し込んで定量の目盛りまでキッチリとシリンダーに吸い込み、薬液が入った注射器は針がむき出しで小机のトレイに何本も並べて置いてあるのです。
準備ができた鮮やかなコバルトブルー色のピストンが収まった注射器を、看護師さんは手際よくトレイから取って手のひらを上に向けて待っている医者に渡すのです。
注射器を持った医者は、並んで待っている先頭の子供に一本目の注射器で正確に一目盛りを手慣れた速さで打ったら、「はいっ、次」と声をかけて怖さをこらえている次の子供に打ち終えて、三番目の子供に打ってから二本目の注射器を手渡すのです。
医者は一人の子供に数秒もかけない早業で次から次と機械的で流れ作業のように打って、打ち終えた針の付いた注射器はガスコンロに乗ったステンレス製の煮沸消毒器で、空になった注射器はカタカタと音をさせて蒸気を上げながら消毒するのです。

子供たちが受ける予防注射は、次から次へと医者と看護師さんの連携プレーで段取り良く手早く、一本の注射器を針も変えず三人の子供たちに打つのです。
数人前の子供が注射を打った時に、注射針を刺した瞬間にシリンダーの薬液のなかへ一本の赤い糸のように血液が立ち昇るのが見えたような気がしたのです。
血液が注射器に入るのを見てしまった子供は、注射を打つ順番が新しい注射器を使う一人目になりたいと思うのですが、出席簿順に並んでいるので勝手に順番を変えるわけにいかないのです。
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