~団塊世代が育った里山から~
里山の学校九

雨が比較的少なくてコメの収穫が始まる前の大運動会は、家族や子供たちが楽しみにしている大きな学校行事なのです。
正月やお盆に祭りくらいが娯楽で遊ぶことの少ない人々は、学校で大きな行事があると隣近所を誘いながらやって来るうえに、学校に通う子供の絶対数が多く一人の子供に二人から三人の家族が応援に来て秋の大運動会の応援席はにぎやかなのです。

大運動会の日は子供たちがまだ教室に居る頃から、家族がゴザやムシロを抱えてゾロゾロと校庭の応援席の最前列に場所を取りに来るのです。
家族全員の弁当とオヤッを持って応援に来るのですから、母親は何時に起きて弁当の用意を始めていたのか、あさの早さを理由に場所取りをするのが遅れてしまったら最前列の場所が確保できないのです。
人々はあさの早くから暗くなるまで働き続けるので、大運動会を何日も前から話題にして楽しみに待っていた一方で、子供たちの楽しみはみんなで食べるご馳走の弁当なのです。
それぞれの家で塩漬けにした山菜をノリで巻いたスシや卵を厚焼きにしたのがあって、普段は食べないさまざまのごちそうが入った重箱を風呂敷に包んであるのです。
日頃は、なり振りかまわず働いている母親は、久しぶりに人が集まる場所に出かける喜びで、心をワクワクさせて農作業のモンペ「女性農作業ズボン」を脱いで、パーマ「美容院」にいってオシャレなよそ行きの服を着て応援にくるのです。

重いローラーを引っ張ってベト「土」を固めた校庭は石灰の真新しい白線と、校舎の屋根から何本もの放射線状に延びたヒモにくくった多くの万国旗がはためいていて、いやがうえにも大運動会の雰囲気を盛り上げているのです。
校舎に向かって整列した子供たちは、イガグリ頭やオカッパ頭にキリリと赤白の鉢巻きを巻いて気をつけの姿勢でシーンと静まり返った校庭に、大きなラッパ型のスピーカーから「国旗掲揚」と緊張気味の先生の声が響くのです。
子供たちのなかから選んだ男女の二名が、両腕を直角に曲げて二人が並んで小走りで国旗掲揚塔の前にいって、子供たちや来賓と応援席に向かって厳かに一礼をするのです。
二人で静かにユックリとロープを引っ張って、大きな日の丸の旗がユックリと国旗掲揚塔の頂点に達すると再び先生の放送が響いて、「国歌斉唱」と号令がかかって子「君が代」を歌いだすのです。
応援に来た全員が気をつけの姿勢で「君が代」を斉唱する人のなかに、つらい戦争から帰還した年寄りが軍隊に居た当時を思いだしたのか涙ぐんでいるのです。
国家が歌い終わると、学校長、教育長、PTA会長、来賓代表、などの偉い人たちが、マイクの立つお立ち台に上がって在り来りの長いあいさつが終わると、紅組と白組が校庭の右左に分かれてプログラム通り競技を開始するのです。

里山の隅々まで聞こえる音量のスピーカーから、軽快な音楽が流れ出してスタートを知らせ「バーン」と乾いた音の号砲が鳴るとトビッキョソゥ「百m走」がはじまるのです。
大運動会は子供たちが親や近所の人に日頃の練習の成果を披露できる、年に一度の晴れ舞台で団体演技の凛々しい姿に応援席から盛大な拍手を送るのです。
子供たちの緊張と高揚した気持ちが秋の青空の下に広がって、みんなで力いっぱいにガバル姿を見る応援席の人々に笑顔があふれていて、「ホラ~ ○○さ の アニ ヤァ オジ ヤァ ガンバレ コロブンデ ネエ ドォ ガンバレ トビックラ マゲンナァ~」と近所のおばさんが大歓声を出してグラウンドまで飛び出す勢いで応援するのです。
楽しいお昼になると子供たちは家族の居る応援席に来て、「エグ ガンバッタ ノォ~ エレェ エレェ オッカサ の コサエタ ゴッツォ エッペェゴト クッテ ヘルッカラモ エチバン トッテ コイヤ」と褒めてもらい、母親が作ってくれた重箱の弁当を開いて近所の人たちと車座になって食べるのです。
地域包みで参加する大運動会は、商店の人たちが屋台を出して祭りの参道のようににぎわって、子供たちは昼ご飯が終わってからあっちこっちの屋台で買い食いを楽しむのです。

大運動会だけでなく里山の人たちは、木造校舎の大きな屋根に積もる雪降ろしや営繕から花壇に花を植える環境整備を学校側に協力して、物心ともに奉仕活動で学校を支えているのです。
子供たちの親は我が子に教育を求めていて、子供たちは先生から何でも教えてもらえることを謙虚に喜び、学校生活や家庭で目をランランと輝かせ生きいきとしているのです。
大人たちも子供たちも先生たちを敬って慕い、みんなで教育の場を大切にして学校のありがたさをだいじにする思いやりの考えが、貧しい暮らしをしていても人々の全員にあふれているのです。
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