~団塊世代が育った里山から~
同級生の移民

農業が中心で労働力が過剰な里山では、農地を持たない家族の生活が苦しくて貧困にあえいでいても日本の国には助ける力がないので、人々が海外へ出ることで人口を減らす移民を奨励するのです。
近所で同級生の女の子が居る家族は、代々続いた家に年老いたおジイさん一人を残したままブラジルの新天地で幸せな生活を求めて、里山で初めてのできごとになる移民をすることに決めたのです。
移民する三人の子供たちが通う学校にも手続きと連絡が入って、学校では家族の成功を祈って盛大に見送りをすることにしたのです。
出発の日は役所や偉い人の見送りが多くて、全校生徒は駅舎やプラットホームに入れない騒ぎなので、少し離れて家族が乗る列車が通過する線路脇の道路に並んで、手を振って見送りすることにしたのです。
ススキが生い茂って石炭の燃える匂いがする線路脇には、同じようには駅舎に入れなかった移民家族の親戚や縁者に隣近所の人が見送りにきているのです。

蒸気機関車のピィ~~と鳴らす汽笛の音が物悲しく聞こえてきて、やがて家族が乗った客車が目の前をユックリと通り過ぎようとする瞬間に、広々と開けた窓から涙を流しながらかおを出した家族が見えたのに精一杯手を振って別れの涙を流すのです。
窓から出したかおも徐々に小さくなって列車も遠くへ離れていき、やがて見えなくなった移民家族は友だちや残したおジイちゃんと住み慣れた里山に、切なく思いを残しながら見慣れた風景と別れて行くのです。

家族は神戸の国立移民収容所の施設で一週間から十日の間を、長い船中生活の準備をしながらブラジルで成功をするのにあれやこれやと思いをはせるのです。
別れの日から何十日か過ぎた頃に、クラス全員に同級生の女の子から手紙が来て、「今はアフリカ沖を航海中です、見送りありがとうございました船のなかでは毎日退屈していますが、日本から持ってきた教科書で勉強もしています。あと何十日かでブラジルにつきます」手紙を読んだ子供たちは、「日本の ウラァガワ にあるブラジルへ エグノハ バカトオグネエカ ナヤ」と話すのです。

 何十年間の時間がめまぐるしく過ぎ去った里山に、勇気を持ってブラジル移民のチャレンジに成功をした同級生の両親が、元気でいるうちに来たかったと懐かしく思う故郷に帰って来たのです。
一人で寂しく暮らすおジイちゃんが亡くなる迄面倒を見てくれた近所へのお礼と、最後をミトってやれなかったおわびを含めて墓参りに来たのです。
近所の人たちが常会長の家に集まって宴となり、住んで居た頃に起こった懐かしい話や移民で日本と違う生活習慣の苦労話を話してくれるのです。
ブラジルの奥地で土地を大きく開墾をして時代の波に乗って、桁違の収益を上げる大きな農園に成功をしたことを時には涙ながらに話をするのです。
運命の過酷さに何度も挫けそうになったそうですが、里山の自然の厳しさと貧しさに鍛えた不屈の闘志でジャングルを切り開き使用人を使う立場の経営者になって、地球の裏側から飛行機に乗って故郷に来るようになったのです。

同級生の女の子の消息を聞くと、農園が軌道にのらず貧しい生活を強いていて子供たちに手伝って欲しかったのですが、これからの時代は教育だと考え子供の三人にはできる限り高度の教育を受けさせたと言うのです。
三姉妹で一番下の同級生は高い水準の教育を受けて、サンパウロでは有名な開業医に嫁いでなに不自由なく幸せに暮らしていると聞いてうれしく思い、帰る両親にぜひ同級生のみんなが会いたがっているので、故郷に来てくれるように伝えてほしいお願いをするのです。

両親が戻って三年がたった頃に三女はサンパウロから一人で、懐かしい同級生が待つ里山に帰って来たので、みんなで日本料理屋の座敷を借りて歓迎会を開き、招待した三女は相変わらず笑顔のかわいいかおで「○○チャン○○君」とみんなのかおを覚えていて、懐かしい子供の頃の話に花が咲く大歓迎会となったのです。
宴の後は三女に似たかおの日本人形をプレゼントして再会の約束をして別れになるのですが、帰るのに要する時間を聞くと十一時間チョットでサンパウロに到着するそうでビックリするのです。
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