~団塊世代が育った里山から~
里山の米作り
里山で専門に農業をなりわいとする家がなくて、炭焼きや木材を出す仕事に建設作業員や大工などをする兼業農家が多く農産物はコメを作るのがほとんどで、田んぼは一軒の平均が四反に満たない農家が大半なので家族で一年間に消化する自家用米にしかならないのです。
それでもコメの消費を節約する覚悟で農協に多く供出するのですが、手にする収入はわずかで大家族で生きる農家は貧困がこの上ないのです。
田んぼの大きさがミノ「ワラ製のカッパ」一枚で隠れてしまうほどに小さいので、農作業のほとんどが人力でするしか方法がなくて、お日さまが出るのを待って田んぼに行って手先が見えなくなるまで働くのが普通なのです。
雪が消え桜の花も散ってアゼや道脇に緑の薄い雑草が生い茂る田んぼで、一番先に行う作業は稲の苗を育成する苗代の苗床をつくることから始めるのです。
モンペ姿にハダシで、水が張っていない田んぼの真ん中で腰を曲げて力いっぱい三本クワを振り下ろし、土の塊を一つずつ起こしてマヤから運んだ堆肥の有機肥料を混ぜ込むのです。
種モミをまく土を幅一m位の短冊状に盛り上げ、苗代の畝上がつかる程度に水を張ってから土を何度もやわらかくこねるのです。
種モミは庭先のゴザの上で日光に当ててから塩水で洗って殺菌した後に、セイロオケ「風呂桶」の残り湯につけて発芽したのを確認してから、苗床に細かく均一にまいた上に薄く土をかぶせて苗を育てるのです。
雪の残るあいだに雪ソリで田んぼに運んだ堆肥を、竹で編んだザルに入れてテクテクと歩きながら田んぼ全体にばらまき、乾いたベト「土」を牛馬にひかせて耕す鉄製のスキサキが、土中を切り進んで反転させるカラスキがけの一番起しをするのです。
カラスキの刃で冬の眠りから起した黒い羊カンのようなベト「土」は、田んぼの独特な匂いがして斜め横にロール状になっているのです。
牛馬の鼻の穴に通した鼻環に結んだロープを、鼻先に立って引っ張るのがハナットリ「牛馬の先導」と呼んで、後ろでカラスキやマンガの道具を操作するシンドリがいるのです。
牛馬にもいろいろな性格が有って、気位が高くて向こうっ気の強い馬は気に入らないことや空腹になると、田んぼの真ん中で突然と止まってロープを引っ張ってもムチで尻をたたいても一向に動こうとはしないのです。
馬と違う牛はおとなしくて人には従順で扱いやすいのですが、動きが鈍いので農作業に時間がかかってハナットリをする人は腕の見せ所なのです。
田んぼの荒く起こしたロール状のベト「土」を、天日で数日間かけてさらし乾燥をさせて塊がモロクなるまで待ってから、川から水を引き込んだ水路から落ちるミナクチ「水取り入れ口」の一番に高い田んぼから水を入れると、ダンダンと低くなっていく小さな田んぼは順番に水が入っていって、青空や白い雲を映す鏡のようになるのです。
カラスキかけと同じように牛馬にマンガを付けて、水中の土塊を砕きかき混ぜてやわらかくしたら、田んぼの表面がデコボコにならないように平らに代かきをするのです。
冬の間にエサを探すモグラがアゼに穴を開けるので、田んぼの下へモグラ穴から漏水しないように、平クワで泥をすくい取ってアゼに厚く塗りつけるのです。
田植えをする前に、柄の先に厚い板がついているレーキ状道具のエブリ板で、苗を植えやすいようにさらにドロ状のベト「土」を平らにするエブリがけをするのです。
苗代のタンザク状の苗床で、緑が薄く密集して育った苗を引き抜いてワラでくくって束にする苗取りの人と、苗束を手にして薄く水のはった田んぼに植える人に分かれて田植えの始まりなのです。
ハリナワ「目印付き綱」の綱を巻きつける棒の長さで苗を植える間隔を両方のアゼで測り、ハリナワをピンと張って目印に沿って等間隔に苗を植え付けて行くのです。
子供たちの学校では農繁期休みが一週間くらいあって、老いも若きも家族全員や親せきが集まってあさから晩まで一緒になってする田植えはまるで田んぼのお祭りのようなのです。
集中する植え付け時期を争う苗取りや田植えは、エといって近所や親戚でお互いを手伝に行ったり来たりする農作業労働の貸し借りをするのです。
子供たちは植えていく人の手元を見ながら苗が少なくなると、植える人の足元の近くを狙って束ねた苗を投げるのです。
横一列になって苗を植えて行くと、空や雲に遠い山並みの映った田んぼの水面が、みる間に淡い薄緑色に広がってゆくのです。
田植えの作業はあさの早くから続くので、十時前に子供たちは家に母親が用意しておいたコビリを取りにいって、定番は梅漬けを細かく刻んでご飯に混ぜ込んだものや、梅漬けのシソの葉を刻んで混ぜ込んだのにゴマ塩をまぶして作った、重箱のフタを盛り上げて詰まったコブシ大のオニギリなのです。
大きなヤカンから茶ワンに注いだお茶をすすって、オニギリをほお張ってツケ物をかじりながら草を刈り取ったアゼの広い場所に腰を下ろして、草の匂いのするなかで昼ごはんまでの腹ごしらえにするのです。
苗の育ち具合で植える田植えは、まだ夜の明けきらないケロケロケロとカエルが合唱する早朝から、薄暗くなる夕方まで毎日を近所との競争意識も多少はあって働くのです。
田植えが終わったあとは、田んぼに水を枯らさないように毎朝水見回りをするのと、植えた苗の成長をさまたげるヒエなどを除草するのです。
苗が雑草に負けないように成長させるまで、四回から五回にわたってタノクサトリ「除草」をするのですが、長時間を冷たい水のなかで腰を曲げて両手でベト「土」をかきむしるつらい仕事なのです。
タノクサトリが順調に終わる夏至が終わって雨の降る日が多くなる半夏生には、ついた餅をササの葉に包んだササもちを食べて農作業をしてはいけない農休みをするのです。
暑い盛りで緑が濃くなった稲の穂の先に白い花が咲く出穂が確認できたら、山仕事にいく人や自分が得意とする仕事を一日単位で雇ってくれる日雇いに出るのです。
九月の中頃を過ぎると山仕事や日雇い仕事に見切りを付けて、稲わらを木ヅチでたたいて稲刈りの準備をするのです。
天気が良くて黄金色がまぶしい田んぼの稲刈りは、腰を曲げて一株ずつ鎌で刈り取った稲をある程度の太さの束にしてワラで器用に縛るのです。
田んぼから少し離れた太いアゼに、下枝のないまっすぐに伸びた木のハザ木に、何段か横に竹ザオを稲の穂が出る高さに縛って、刈り取った稲束の稲穂を下にして天日干しをするハザに架けるのです。
ハザ木のない農家は刈り取った稲束の腰を二つに折って稲穂を地面に広げて立て、田んぼに隙間なく同じ方向に順序を良く並べて干すのです。
干し上がった稲束は脱穀するまでの間にモミの熟成と雨よけのために、一束ごと順々に丸く積み上げて円スイ状にしたイネニオにするのです。
天気の良い日を見計らってイネニオやハザ木の近くにムシロをひいて足踏み脱穀機を置き、ガーヨォン ガーヨォン ガーヨォンとペダルを踏むのです。
金属の突起物が付いた木のドラムが回転して乾燥した稲穂を入れると、ザザァ~ ザザァ~とモミが弾けるように山になるのです
ワラ束とモミを家に運びモミは秋晴れの日に庭にムシロをひいた上に広げて、さらに天日と風で干すのですが子供たちの仕事は、広げたモミに足を引きずりながら歩いてモミの天地をひっくり返すのです。
乾燥の終わったモミは共同作業所のゴムロール動力モミ擦り機にかけて、モミ殻と玄米に分かれたモミ殻は専用に木の枠の貯蔵所に保管して、ご飯を炊くヌカガマの燃料になり畑の肥料になるのです。
コメにこれだけ手をかけてゼイタクにコダワっているのは、自然乾燥をして精米したコメをヌカガマの高熱で炊いたご飯はキラキラと輝いていて、オカズがなくてもおなかイッパイに食べてしまうほどおいしいからなのです。
里山で専門に農業をなりわいとする家がなくて、炭焼きや木材を出す仕事に建設作業員や大工などをする兼業農家が多く農産物はコメを作るのがほとんどで、田んぼは一軒の平均が四反に満たない農家が大半なので家族で一年間に消化する自家用米にしかならないのです。
それでもコメの消費を節約する覚悟で農協に多く供出するのですが、手にする収入はわずかで大家族で生きる農家は貧困がこの上ないのです。
田んぼの大きさがミノ「ワラ製のカッパ」一枚で隠れてしまうほどに小さいので、農作業のほとんどが人力でするしか方法がなくて、お日さまが出るのを待って田んぼに行って手先が見えなくなるまで働くのが普通なのです。
雪が消え桜の花も散ってアゼや道脇に緑の薄い雑草が生い茂る田んぼで、一番先に行う作業は稲の苗を育成する苗代の苗床をつくることから始めるのです。
モンペ姿にハダシで、水が張っていない田んぼの真ん中で腰を曲げて力いっぱい三本クワを振り下ろし、土の塊を一つずつ起こしてマヤから運んだ堆肥の有機肥料を混ぜ込むのです。
種モミをまく土を幅一m位の短冊状に盛り上げ、苗代の畝上がつかる程度に水を張ってから土を何度もやわらかくこねるのです。
種モミは庭先のゴザの上で日光に当ててから塩水で洗って殺菌した後に、セイロオケ「風呂桶」の残り湯につけて発芽したのを確認してから、苗床に細かく均一にまいた上に薄く土をかぶせて苗を育てるのです。
雪の残るあいだに雪ソリで田んぼに運んだ堆肥を、竹で編んだザルに入れてテクテクと歩きながら田んぼ全体にばらまき、乾いたベト「土」を牛馬にひかせて耕す鉄製のスキサキが、土中を切り進んで反転させるカラスキがけの一番起しをするのです。
カラスキの刃で冬の眠りから起した黒い羊カンのようなベト「土」は、田んぼの独特な匂いがして斜め横にロール状になっているのです。
牛馬の鼻の穴に通した鼻環に結んだロープを、鼻先に立って引っ張るのがハナットリ「牛馬の先導」と呼んで、後ろでカラスキやマンガの道具を操作するシンドリがいるのです。
牛馬にもいろいろな性格が有って、気位が高くて向こうっ気の強い馬は気に入らないことや空腹になると、田んぼの真ん中で突然と止まってロープを引っ張ってもムチで尻をたたいても一向に動こうとはしないのです。
馬と違う牛はおとなしくて人には従順で扱いやすいのですが、動きが鈍いので農作業に時間がかかってハナットリをする人は腕の見せ所なのです。
田んぼの荒く起こしたロール状のベト「土」を、天日で数日間かけてさらし乾燥をさせて塊がモロクなるまで待ってから、川から水を引き込んだ水路から落ちるミナクチ「水取り入れ口」の一番に高い田んぼから水を入れると、ダンダンと低くなっていく小さな田んぼは順番に水が入っていって、青空や白い雲を映す鏡のようになるのです。
カラスキかけと同じように牛馬にマンガを付けて、水中の土塊を砕きかき混ぜてやわらかくしたら、田んぼの表面がデコボコにならないように平らに代かきをするのです。
冬の間にエサを探すモグラがアゼに穴を開けるので、田んぼの下へモグラ穴から漏水しないように、平クワで泥をすくい取ってアゼに厚く塗りつけるのです。
田植えをする前に、柄の先に厚い板がついているレーキ状道具のエブリ板で、苗を植えやすいようにさらにドロ状のベト「土」を平らにするエブリがけをするのです。
苗代のタンザク状の苗床で、緑が薄く密集して育った苗を引き抜いてワラでくくって束にする苗取りの人と、苗束を手にして薄く水のはった田んぼに植える人に分かれて田植えの始まりなのです。
ハリナワ「目印付き綱」の綱を巻きつける棒の長さで苗を植える間隔を両方のアゼで測り、ハリナワをピンと張って目印に沿って等間隔に苗を植え付けて行くのです。
子供たちの学校では農繁期休みが一週間くらいあって、老いも若きも家族全員や親せきが集まってあさから晩まで一緒になってする田植えはまるで田んぼのお祭りのようなのです。
集中する植え付け時期を争う苗取りや田植えは、エといって近所や親戚でお互いを手伝に行ったり来たりする農作業労働の貸し借りをするのです。
子供たちは植えていく人の手元を見ながら苗が少なくなると、植える人の足元の近くを狙って束ねた苗を投げるのです。
横一列になって苗を植えて行くと、空や雲に遠い山並みの映った田んぼの水面が、みる間に淡い薄緑色に広がってゆくのです。
田植えの作業はあさの早くから続くので、十時前に子供たちは家に母親が用意しておいたコビリを取りにいって、定番は梅漬けを細かく刻んでご飯に混ぜ込んだものや、梅漬けのシソの葉を刻んで混ぜ込んだのにゴマ塩をまぶして作った、重箱のフタを盛り上げて詰まったコブシ大のオニギリなのです。
大きなヤカンから茶ワンに注いだお茶をすすって、オニギリをほお張ってツケ物をかじりながら草を刈り取ったアゼの広い場所に腰を下ろして、草の匂いのするなかで昼ごはんまでの腹ごしらえにするのです。
苗の育ち具合で植える田植えは、まだ夜の明けきらないケロケロケロとカエルが合唱する早朝から、薄暗くなる夕方まで毎日を近所との競争意識も多少はあって働くのです。
田植えが終わったあとは、田んぼに水を枯らさないように毎朝水見回りをするのと、植えた苗の成長をさまたげるヒエなどを除草するのです。
苗が雑草に負けないように成長させるまで、四回から五回にわたってタノクサトリ「除草」をするのですが、長時間を冷たい水のなかで腰を曲げて両手でベト「土」をかきむしるつらい仕事なのです。
タノクサトリが順調に終わる夏至が終わって雨の降る日が多くなる半夏生には、ついた餅をササの葉に包んだササもちを食べて農作業をしてはいけない農休みをするのです。
暑い盛りで緑が濃くなった稲の穂の先に白い花が咲く出穂が確認できたら、山仕事にいく人や自分が得意とする仕事を一日単位で雇ってくれる日雇いに出るのです。
九月の中頃を過ぎると山仕事や日雇い仕事に見切りを付けて、稲わらを木ヅチでたたいて稲刈りの準備をするのです。
天気が良くて黄金色がまぶしい田んぼの稲刈りは、腰を曲げて一株ずつ鎌で刈り取った稲をある程度の太さの束にしてワラで器用に縛るのです。
田んぼから少し離れた太いアゼに、下枝のないまっすぐに伸びた木のハザ木に、何段か横に竹ザオを稲の穂が出る高さに縛って、刈り取った稲束の稲穂を下にして天日干しをするハザに架けるのです。
ハザ木のない農家は刈り取った稲束の腰を二つに折って稲穂を地面に広げて立て、田んぼに隙間なく同じ方向に順序を良く並べて干すのです。
干し上がった稲束は脱穀するまでの間にモミの熟成と雨よけのために、一束ごと順々に丸く積み上げて円スイ状にしたイネニオにするのです。
天気の良い日を見計らってイネニオやハザ木の近くにムシロをひいて足踏み脱穀機を置き、ガーヨォン ガーヨォン ガーヨォンとペダルを踏むのです。
金属の突起物が付いた木のドラムが回転して乾燥した稲穂を入れると、ザザァ~ ザザァ~とモミが弾けるように山になるのです
ワラ束とモミを家に運びモミは秋晴れの日に庭にムシロをひいた上に広げて、さらに天日と風で干すのですが子供たちの仕事は、広げたモミに足を引きずりながら歩いてモミの天地をひっくり返すのです。
乾燥の終わったモミは共同作業所のゴムロール動力モミ擦り機にかけて、モミ殻と玄米に分かれたモミ殻は専用に木の枠の貯蔵所に保管して、ご飯を炊くヌカガマの燃料になり畑の肥料になるのです。
コメにこれだけ手をかけてゼイタクにコダワっているのは、自然乾燥をして精米したコメをヌカガマの高熱で炊いたご飯はキラキラと輝いていて、オカズがなくてもおなかイッパイに食べてしまうほどおいしいからなのです。