~団塊世代が育った里山から~

「金の卵」と言われての集団就職

中学二年生になると担任の教師と親子で進路の相談があるのですが、高等学校への進学希望者は同級生の六十%で、残りの四十%は何らかの理由とその子の思いがあって就職を決めるのです。
就職希望をする子供たちの主な動機は、勉強をするのが嫌だから義務教育だけで充分だというのが大義名分で本音は、一番心の奥に深くしまい込んでいる貧しい家庭へ熱い思いやりがあるのです。
子供の考えは家族が貧しい生活をする自分の口減らしと、生計が苦しくて高等学校へ進学させる余裕のない親を思う優しさが理由なのです。
就職希望をする子供で跡取りと言う長男の多くは、地元の企業に就職をする子供たちがいるのですが、大半の次男や三男は金の卵と言って関東や近畿の企業へ集団就職するのです。

就職組になって都会に行くキッカケは、里山の出身者が自分の勤める工場へ就職させたくて会社案内を持って、学校長に就職募集の依頼をして子供たちが説明を受けたからなのです。
憧れの大都会で暮らせて夢と希望の持てる会社説明を聞いた子供たちは、家族の暮らす貧しい家庭を思うばかりでなく、早く働けて自分の野望もあって就職を決めるのです。
強い野望が働いた末に独立して一旗揚げるには、人の多い大都会の方が成功する率が高いと考えるのです。

集団就職先を決めて卒業式も終わり、四月上旬の雪が残る里山から大人に成りきっていない子供が旅立つ日で、就職先の会社が集合場所に用意をした近くの町の旅館まで、子供と親が会話も少なく一緒に停車場から列車に乗って向かうのです。
旅館には近郷近在から何十人もの親子が大広間に集まっていて、親は少しばかりのお酒をごちそうになりながらお別れの昼食を食べた後に、子供たちがひと塊になって就職先の社員が先導して、町の駅からだれも見送りのないプラットホームから大都会に向かう列車に乗るのです。

大都会は故郷からはるか遠くの世界で、もう二度と帰れないという思いを持つ仲間たちと列車の席を同じにして座り、これから始まる不安な生活を語り合う仲間を心強く思い頼りにするのです。
取り留めのない話をしている間に列車は勾配の急な険しい峠をこえて、遠くになって行く故郷とは別れの決意をした子供たちが、車窓に見る風景は故郷と違う景色の平野へと変わってゆくのです。
長い時間乗った列車は暗闇に輝くネオンの明かりがともるビルの間を抜けて、もはや振り返る余裕ができない都会の匂いのする上野駅に列車はすべり込むのです。

列車が着くプラットホームに都内の寮へと案内する会社の担当者が待機していて、これから生活をする見知らない街へ連れて行ってくれるのです。
案内をする途中の交差点に架かる高架橋の上から騒がしさの道路を眺めると、無数に信号でとまる車のテールランプの赤い光とさまざまな色に点滅するネオンが、小雨にぬれたアスファルトに混ざり合って映るのは、故郷では決して見るのができない都会の風景なのです。

夜遅くに着いた寮のある街は、やたらと坂の多い住宅密集地にある民家の二階で、部屋が四部屋あって一部屋に三人ずつ寝おきすることになるのですが、用意した三組のふとんを敷くと部屋にいっぱいになって持ってきた荷物の置く場所もないのです。
そんな部屋で数日間暮らしだして、いつも見ていたテレビがないのは何となく寂しく思うのですが、働きだしたばかりで買う余裕がなくて、代わりにラジオを買ってきて数年前の故郷で暮らした感じで聞くのです。
工場が休みの日は、寮の窓から見える谷や丘が連なった起伏のある土地に、住宅が密集して建つスモッグで煙っている街並みを一日中眺めているのです。

毎日を工業用油で汚れる不衛生な工場で働いて、月に何回も行けない銭湯は寮から坂を下って登る高台にあって、同じ工場労働者が芋の子を洗うように湯につかっているのです。
寮では食事をすることができないので、朝食を食べないで坂を下って工場へ出勤してから、昼食に食堂で配膳をした給食を食べるのです。
届く給食は粗末なもので、アルミ箱に入った細長い外米をスチームでふかしたご飯は臭くてまずく、故郷でうまいご飯を食べていた自分には耐えがたくつらいのです。
仕事が終わっていったん寮に戻るのですが、晩ご飯になるとまた坂を二十分かけて下り食堂に行って外米を食べるのがいやになってくるのです。
一日に二往復も坂を上り下りする食堂に行くことが煩わしく思えて、次第にご飯を食べたり食べなかったりの不規則な食生活になるのです。
故郷でおいしいご飯を食べて規則正しかった生活から、都会では不摂生な生活に変化する大人に成りきっていない子供が、初めての仕事も生活にも慣れない憧れだった都会生活の現状なのです。

都内の数あるそれぞれの寮は出身地が同じ人が入居していて、全国から集まった何十人もの同期で入社した人たちが、同じように故郷と違う都会に慣れない生活をしているのです。
お互いに初対面で友だちになろうとして話しかけるのですが、お国なまりのひどさで言葉が理解できないのです。
学校で就職説明会のときは、うまい言葉の金の卵ともてはやした口車に乗って上京したのですが、うまい言葉は工場の採用側からの一方的な表現でしかなく、実際に働きだした生活は狭い部屋に押し込めて食事の提供や不便な風呂などの条件が悪いうえに、汗と油で汚れる肉体労働の厳しいわりに給与が安いのです。

そんな悪条件なので何カ月か過ぎるころには、都会の生活に夢と希望を語りあった故郷の仲間や、同期入社の大人に成りきっていない子供が工場を一人去り二人去って、給与が良くて快適な職場を探して離ればなれになっていくのです。
なかには肉親への思いが強く大自然が懐かしくなって、ホームシックをどうしても克服できずに夢と希望と野望を持った心が折れてしまい、逃げるように一人で寂しく夜行列車に飛び乗って帰郷する金の卵もいるのです。
 
それでも過酷な労働の工場で一生懸命働く楽しみにしているのは、仕事が終わって帰る寮の玄関に設けた郵便受けをのぞくことなのです。
都会暮らしを始めた自分にとって、遠い故郷に残った友人からの手紙が届くのを心待ちにしていて、故郷の匂いがする懐かしい手紙を読むのが唯一の楽しみなのです。
高校に進学した同級生は、通学列車に乗って新しい学校生活で新しい出会いがある楽しさや、地元に就職したひとりは、新入で覚えることがいっぱいあるけど先輩の人々がだいじに扱ってくれるなど、何でもないことを書いてあるのを読むのが心の支えになるのです。

仕事がつらくて故郷の母親に会いたくなった大人に成りきっていない子供は、いっそ工場を辞めて家に返ろうか、もう少しガンバろうか、弱気になった時は故郷から出て来て社会人の第一歩を踏み出した出発点の上野駅を思い出し、集団就職で都会に出て来た心情を唄ったヒット曲の、「あぁ~上野駅」の上野駅に行くのです。
何よりも思いの強い故郷につながる線路が伸びる18番線プラットホームに立って、故郷に向かう夜行列車が発車する悲しげな汽笛の音を聞きながら、何度も読んでしまった母親や友だちからの手紙を、蛍光灯の青白い明かりの下のベンチに腰を下ろして読み返すのです。

都会生活や仕事に慣れた金の卵のなかに、工場が休みの日でも憧れだった都会の繁華街に遊びに行かず、寮で勉学に励み働きながら定時制高校に通う人もいるのです。
定時性高校はだれもが同じように親元から離れて地方から出て来た人ばかりで、すぐに意気投合して故郷自慢がしあえる友だちになるのです。
しかし、定時制と全日制の生徒が机を一緒に使うので、机の上や引き出しのなかに殴り書きで「俺の机を使うな、机を汚すな、汚い田舎者」など悪口の張り紙があって、同じ学ぶ気持ちにコンプレックスを感じて嫌な思いをするのです。
そんな周りからの横やりにも負けず四年間の定時性高校をガンバって卒業して、さらに大学に通い苦学をしながら自らの人生を切り開いた金の卵もいるのです。 
故郷の四季の変化に富んで厳しい大自然のなかで育ったガンバル金の卵たちが、都会では勤勉で向上心が高く高度成長期を支える代表的な姿なのです。
大げさに言うことが許してもらえるなら、日本の経済を著しく伸長させて世界一流国の仲間入りを達成させて巨大な底力を支え続けたのが、真面目で粘り強い性格の田舎から集団就職してきた金の卵たちなのです。
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