~団塊世代が育った里山から~
豪雪と貧困の戦い四
手押しポンプの水口を百八十度回すと、ダエン形をした大きなタルのようなセイロオケ「風呂桶」につながるトヨ「流水管」に切り替わり、くみ上げる水を直接にセイロオケ「風呂桶」に流れて入るのです。
セイロオケ「風呂桶」の水を沸かすセイロオケガマ「風呂釜」は、マキを燃やすのですが熱ければ水でうすめて、ぬるくなれば追いだきをする、「ヨ~ アッチイ わ ポンプ アオッテ ミズ エンテ クンネカネャ ヨォ~ ノォ~リスケ セイロオケガマ に シ サックベテ クンネ」ヨォ~「湯」の入りごろが難しいのです。
水道や給湯器はもち論ないので上がり湯やシャワーは使えなくて、セイロオケ「風呂オケ」から出てせっけんで体を洗う習慣がなくて、セイフロ「風呂」は首までヨォ~「湯」につかって体を温めるだけなのです。
何日も水の入れ替えをしない大家族が入るヨォ~「湯」は、アカが浮いていて体に着くアカを手オケで流してから上がるのですが、冬の渇水期は井戸にたまる水が少ないのでセイフロ「風呂」に水を入れたら汚れるまで使うのです。
セイロオケ「風呂オケ」がいっぱいになるまで水をくみ上げるゴギャ~ゴギャ~と手押しポンプのレバーをあおる作業は、同じ動作を繰り返す根気と体力が必要な作業なのです。
家の東側に位置するデンジモト「縁側」は、一枚物の板を横に積み上げた雪囲いの隙間から細め雪が風にのって障子戸を打ち付けて、サラサラサラと突き刺さるような音を聞きながら雪の降る夜に眠るのです。
ヨロリでマキを燃やし続けてできたオキ「おき火」を、ネマ「寝室」の堀こたつに埋め込んで寒さをしのぐのですが、足だけが暖かくて体は寒いのでセンベイふとんにもぐり込んで寝ても、翌朝に目が覚めると自分のはいた息が霜になってふとんのエリに白く凍りついているのです。
隙間から入り込んだ雪が、寝ている脇のゴザの上に縦長く薄く積もっていて、夜中の寒さが計り知れるのです。
普通の家庭では肉屋の精肉類は高価で買えなくて、肉体労働の多い人たちや育ち盛りの子供たちの体が要求する動物性タンパク質を食べたくなると、家で飼っているヒネ鶏や飼いウサギをつぶすのです。
ダイスカレー「カレーライス」を食べたことを自慢気に話す友だちから聞いて、自分も食べたくて母親にせがむのですが、ハイカラ「目新しい」な料理などを作ったことがない母親は、聞きかじりでカレー粉とメリケン粉をお湯に溶かし込んで、採れた野菜と一緒に魚肉ソーセージを入れて作るのです。
初めて食べみたダイスカレーはカレー粉がスパイシーでエキゾチックな香りは、今までに食べたことのない強烈な印象が残る味の魚肉ソーセージカレーなのです。
体のエネルギーに変わる栄養の摂取が不足で抵抗力をなくした人は、病気にかかりやすい体質の栄養失調となった上に、衛生状態が良くない環境で多くの病人が出るのです。
そんな冬の最中に家族のなかで病人が出ると大きな騒ぎになって、最初は軽い風邪と思ってもなかなか快復しないで長引いて、大きな病気になってしまい足腰が立たずに寝込む生死にかかわる重病者になるのです。
近所や親せきの人が寝込んでいる病人の様子を見て、回復の見込みがないと判断をして病院のある町まで連れて行くことになるのです。
雪ソリの上に角材を格子状に組んで布団をひいて病人を寝かせて、ふとんは頭からスッポリと覆った上から転げ落ちないようにロープで縛り、何人かでデコボコした雪の街道を引っ張って行くのです。
町まで行く途中の雪道は予想以上に激しくデコボコしていて、さらに積もる雪の深さが増して難渋しているあいだに、病人の容体が急変して亡くなってしまうことがしばしばあるのです。
人が亡くなってダビにふすヤキバ「野焼き火葬場」は、民家から離れた雪野原の大樹の下にポツンとあるので、多量に雪が降った日の葬儀を手伝う人たちも大変なのです。
訃報を聞いた親戚や近所の人たちが集まり、それぞれが手分けをしてヤキバに積もった雪を掘る作業や家のなかを片付けるのです。
神棚を白い布で覆った茶の間「居間」と座敷を仕切る帯戸を取り払って、多くの人たちが座れるように広くした仏壇の前に、かおに白い布をかぶせた亡骸がふとんのなかで横たわっているのです。
お通夜と葬儀に忌中払いを家ですべてをする家族は、故人をしのんで悲しんでいる暇もなくさまざまな準備に忙しいのです。
昔から人の死は、霊魂が肉体から離れるから霊の抜けた肉体に、猫やキツネなど動物の霊が入り込んで亡骸が動き出すとの言い伝えで、動物の霊に入り込まないように亡骸の上に必ず鎌やナタを置く風習が残っているのです。
お通夜の納かんで亡骸を入れるヒツギは一斗タルのような立てかんで、亡骸の膝を折ってアグラを組んで座った格好で納めるのです。
ヒツギは玄関から出棺して行くのではなく、縁側に出して近所の人たちの肩に担がれてヤキバに向かうのです。
街道のデコボコした雪道を家族や親せきが行列の先頭になって進み、ヒツギの前を歩く人がお鈴を悲しげな音で間あいを取ってたたいていくのです。
ヤキバに並べた石の上に積み上げたマキにヒツギを乗せて、回りにワラや豆殻で全体を覆ってから火をつけて、雪野原のヤキバから黒い煙が鉛色のした空に立ち昇るのです。