~団塊世代が育った里山から~

豪雪と貧困の戦い五

里山の家庭はほとんどが貧しくて苦しいのですが、そんななかでも最低限の生活をしている幼い子供が三人いる家族が居て、父親は長く戦争に行って帰還してからは体調がすぐれず、定職もなくて山仕事も農作業もままならないでいるのです。

体調が悪い父親は、食べ物がなくて病気になって死んだ戦友を思ってか、厳しい戦いの残酷さが脳裏に残った後遺症なのか、夕食のわずかなオカズに箸をつけないで子供たちに与えて自分は酒ばかりのんでいるのです。
毎日の悪い生活習慣のために体調が以前より重くなった父親は、寝込む日が多くなってしまいお金も食べるコメもなくなった母親は、親せきにお願いをしてお金を借りる最低限の生活をやり繰りするのですが、無邪気な子供を育てていくのには貧困が極まりないのです。

昼でも薄暗いネマ「寝室」でふせっている父親の容体が悪化すると、母親は小さな医院に走って行き夜昼関係なく往診のお願いをするのです。
お医者さんは黒革の大きなバックを看護師さんに持たせて、降る雪のなかを長い白衣の裾を凍らせて往診に来てくれるのです。
父親のはだけた胸に聴診器をあてて心臓や肺の音を聞き、手首を指でおさえて脈拍を測って診察を終えたお医者さんは、太くて大きな注射を何本も腕に時間をかけて打つのです。
何本も注射を打ち終わったあとは、普段に使っている湯飲み茶わんに水を入れて持ってこさせ、注射器に水を吸い込み茶わんのなかにシューと音をさせて洗うのです。
注射器の洗浄を終えたお医者さんは、母親を近くに呼んで耳元でヒソヒソと「診療代と薬代は計算しておきますから明日にでも支払いに来てください」と伝えるのです。

医院に支払いをしなければいけない母親は、親せきや近所に何度も頭を下げてお金を借りに回るのですが、余裕のある家では「オヤジ の アンベエ わ エグネエカネ エワッタネェ~ 困る時は お互いさん ダスケネ コレ クワシテ ヤンナイ」と、わずかなお金を貸してくれるばかりでなく滋養のある食べ物までくれるのです。
そんな親切さばかりでなくて、「オヤジ はどんな アンベエダ ネェ~ チッタァ~ エエノカネヤ」と声をかけながら、次から次と親せきや近所の人が精のつく食べ物とか果物や缶詰を持って見舞いに来てくれるのです。
見舞いに来た近所の長生きバチャ「おバアさん」が、「エシャ の薬 バッカ で ナグテ 胸が苦しい ンダラ 松脂を採ってきて火に アブッテ 貼れば ラクン ナルゾ」と昔からの民間治療法を教えてくれるのです。

バチャの話を聞きかじった次男は、裏山の雑木林のなかに一本だけある太いアカマツの幹に松脂が出ていたのを思い出して、親を思う気持ちの一心からか自分の膝まである雪をかきわけて採りに裏山の雑木林に向かうのです。
雪が降り積もる林のなかは、小さな次男の胸まであるササの葉に積もった雪が容赦なくワラグツのなかに入り込んで、靴下を履かない足をぬらしてしびれる冷たさをガマンするのです。
薄暗い林の一番奥にある松の大木に向かってササヤブと雪を踏みわけ、枯れたツルに足が絡んで雪のなかに転びながら行くのです。

やっとのことで大きな松の木にたどり着いた次男に容赦なく雪交じりの北風が頬を打って、ビュ~ビュ~と風が松葉を通り過ぎる音をさせているのです。
松の幹に吹き出た大粒な涙のような松脂を幹に抱きつくようにして、凍える小さな手で一生懸命採ってカクシ「ポケット」に入れて家に帰るのです。
採ってきた松脂を見て喜んだ母親は、和紙をヨロリのオキビ「おき火」にかざして温めながら松脂を溶かし込み均等に伸ばしてから、ゼィゼィと変な音をさせて息をする父親の胸に貼ってやるのです。

春から秋が過ぎて年の瀬が押し迫っても父親は回復しないで、返すあてのない借金も増え続けて家計はますます苦しく、途方に暮れた母親は自分が生まれた実家を訪れて実の兄と相談をするのです。
長い時間をかけて相談した母親は、少しでも裕福な実家に次男をしばらく預けてなじめるか様子を見た上で、うまくいくようなら養子に出す約束を兄と決めたのです。

今にも雪が降ってきそうな空模様のくねくねとした街道を通って、母親に手をひかれる次男は何も知らずに実家へ向かうのです。
お下がりの継ぎはぎだらけの学生服を着て、風呂敷に包んだ何が入っているのかは知らない荷物を背負って、次男は単純に親せきの家に遊びに行っておいしいオヤッがもらえると勘違いをしているのです。

母親の実家は、次男が生まれた家から三キロほど離れた集落にあって、街道から石垣を積み上げた石段を登った小高いところに建っているのです。
石段を登りきったところは平らな庭になっていて、石畳が玄関までつながるカヤブキでない二階建ての屋根は、間伐材をマサ目に薄く切って乾燥させて一枚ずつ重ねてふいた、木っ端ふきで壁には板が張ってある比較的に新しい家なのです。

玄関に入ると板張りの壁と曇りガラス戸に仕切った細くて長い廊下を通って、茶の間に上がる手前にキチンと長靴やゲタが置いてあるのです。
上がりがまちから直接に二階へ上がる磨いた階段があって、次男の家にはない子供部屋が二部屋もあり外からの日差しが入って明るくて、どの部屋も木目の通った板を張った天井なのです。

母親の実家で暮らす家族は、叔父さんに叔母さんと長女に長男の四人がなに不自由なく穏やかで健康に生活をしていて、叔父さんは毎日定時に停車場から汽車に乗って工場に行き、夕方もキチンと定時に帰って来る工場で働く里山では珍しい工員勤めをする家庭なのです。
叔母さんは食べるだけの野菜を裏の畑でつくっていて、ほとんどが家事と繕い物をして一日が終わるのです。

叔父さんや叔母さんと三人で何やら話をしている途中で、叔母さんが隅でお菓子を食べている次男に向かって、「○○チャン の部屋に オンモシレェ~ おもちゃが エッペェ アルスケ メニエッテ コイヤ」と言われた次男は、オモチャへの興味がいっぱいで二階の子供部屋へと行くのです。
しばらく二階の子供部屋で遊んでいた次男は、遊ぶオモチャのない我が家でも帰りたいと思って下りてくると母親の姿が見えないのです。
母親がいなくなって半ベソになった次男が、「カァ~チャ は ドコエ エッタンダ オラモ ウチニ ケェリテェ~」叔母さんは困ったようなかおをして、「チイットバカシ の エイダ オランチ に泊まって学校へ エゲバエエネカ」と、置いてきぼりにあって泣きじゃくる次男に何度もつらそうに説得するのです。

次男から逃げるように貧しい家に帰っていく母親も、切ない思いで次から次と流れだす涙も師走の冷たい風で凍るような街道を、急ぎ足で病気の父親と長男や長女が待つ家に帰るのです。
しばらくたったころ叔母さんが言った「チイットバカシ の エイダ オランチ に泊まって エギナイ」の言葉が、ちょっとの間でなくなって実家で暮らす余りにも快適な生活をする次男は、母親と別れてから一カ月以上もたって貧しい家を忘れかけているのです。

降り続く雪がドンドンと積もる大雪の日は、学校では全校生徒を集落ごとにまとめて帰す集団下校になるのです。
木枠のガラス窓の隙間から北風があおる雪が吹き込む冷え切った講堂に、集落ごとに子供たちが集まって上級生が先頭に立って全員がそろったかを確認するのです。
みんなが集まっている講堂に来た次男は、懐かしいかおの兄や友だちが並ぶ列を見つけてフッと自分が生まれた家を思い出してしまい、母親に会いたくてなって幼な染が並ぶ最後尾につくのです。
幼な染の子供たちは、「オダイジンナ ウチ に モラワンテ エッタ ○○チャン が オランチ の列に ナランデン のが オガシイヨ」と、みんなが怪ゲンそうに次男を見るのです。

次男を預かる実家の近所に住む上級生が、自分が引率する次男が列に並んでいないのに気付いて、おそらく列に並ぶ集落を間違えているのだと見に来てくれたのです。
近所の上級生が「○○チャン オマンノ ケェルンチ の列はここ デェ ネェンダヨ」と、手を引いて本来並ぶ列に連れ戻してくれたのです。
学校から出た外はどこかしかも真っ白で、吹雪くと先が見えなくなるので雪道から外れて違った方向に行かないように注意しながら帰るのです。

送り届けてくれた近所の上級生から話を聞いた叔父さんと叔母さんは、生まれた家から離なされて不自由なく暮らしているのに、貧しい暮らしでも母親の家にどれだけ戻りたかったのか次男の気持ちを察するのです。
次男は母親の居る生まれた家に帰りたいと、一言も口に出さないでガマンをして一緒に暮らしていたのだと思うと、ふびんで可哀そうで叔父さんと叔母さんは涙をするのです。

叔母さんが父親の見舞いと様子を見ながら訪ねて来て、次男の話を聞いた母親は実家で何不自由なく暮らした方が次男にとってどれだけ幸せだと思っていたのに、母子の絆は計り知れない深い物があるのだと思い知るのです。
どんなに貧乏で苦しい生活でもそれに打ち勝って、何があっても親子が一緒に暮らしていかなければいけないと反省するのです。
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