エースとprincess
出張の翌日は、溜まった仕事をやっつけて報告書をまとめただけで終わった。瑛主くんは午前は私と同じデスクワーク、午後は外出だった。
お互い忙しい一日で、目先の仕事が最優先。気まずさも切なさも後回し。こうして私は枯れてくのかな、と半笑いで旅費精算を済ませにいった戻りに見慣れない光景を目にした。
自動販売機のあるフロアで瑛主くんとあきちゃんが立ち話をしていた。瑛主くんの表情は硬く、雑談をしているようには見えない。対するあきちゃんはこちらに背を向けているからどんな様子かわからなかった。
なんの話だったのかあとで聞いてみよう、と職場に帰ると、入り口のところで瑛主くんに追いつかれた。
「昨日出張だったから疲れているだろ。今日はもう帰れば? 一週間は長いよ」
「ですね。帰ります」
顔を合わせていたくないのかな、と一瞬ネガティブなことを考えてしまったけれど、考えてしまうほど思考が悪循環するのならなおさら帰ったほうがいいと思った。
長い一週間を乗り切ろう、体力温存しようというのは瑛主くんにもそのまま当てはまる。自分がそうしたいんだな。がむしゃらに働くタイプじゃないもんな。
そちらもほどほどに、と声をかけて支度を整え、部屋を出る。立ち寄ったトイレにあきちゃんがいた。洗面台でコンタクトレンズを構っていて、そばに立ったのが私とは気づいていない様子。
「お疲れー」
「あ、お疲れさま。もう帰れるの?」
あきちゃんはこれから残業らしい。
「目の調子、悪いの?」
「ううん、これはさっき葉月ちゃんのとこの主任に呼び出されてね。谷口主任の顔を至近距離で見るのが怖かったんで、コンタクト外して会ってきただけ」
「待って、意味わかんない」
さすがに嘘だと思ったけれど、あきちゃんならやりかねない。
「会ったのは本当。会ってるときにコンタクトがズレちゃって」
ですよね。
なんの話だったのか聞かせてもらいたかったけれど、出張土産のお礼を言われたり、出張中の出来事を追及されてそれをトイレでできる雑談レベルに落とし込んでしゃべったりしているうちに聞きそびれてしまった。