鬼上司は秘密の恋人!?
石月さんの『誕生日のお詫びにどこかに連れて行ってやる』という言葉に、祐一は目を輝かせて『男湯!』と叫んだ。
どうやら幼稚園のお友達から、温泉に行った話を聞いたのが羨ましかったらしい。
生まれたときから父の事を知らず、由奈と私に育てられてきた祐一。
男親がいない祐一は、温泉に行ったとしても女湯にしか入れない。男湯に入ってみたいと思っても、私には言えなかったんだろう。
祐一の気持ちを考えると、少し切なくなった。
そんな祐一は今、背中にお気に入りのリュックを背負い、靴を脱いで座席に膝立ちになり、電車の窓にかじりついていた。
箱根に向かう特急列車に揺られながら、どんどん変わっていく車窓の景色に夢中になっている。
「ロマンスカー、はじめてのった!」
小さな背中を揺らしながらそう言う祐一に、石月さんが小さく笑う。
「もう少しであっちに富士山が見えてくるぞ」
「ふじさんっ!」
ぱぁっと顔を輝かせながら、背筋を伸ばして石月さんの指差す方を見る祐一。
そんなふたりを見た、近くの座席に座っていたおばあさんが「仲のいいご家族ね」と微笑んだ。
家族、と言われ驚く私の向かいで、石月さんが「ありがとうございます」と穏やかに会釈をした。
そして真っ赤になった私の顔をちらりと見て、片方だけ目を細める。動揺する私を面白がる、意地悪な笑み。
私ひとりだけ意識しているのがくやしくて、ぷいっと顔をそらして窓の外を見た。