神様にお願い!

「お邪魔しまーす」

 ...奈津が僕の家にやってきた。
 考えてみると、とんでも無いことである。
 自分が好きな女の子が、家に来ているのだ...
 小さい頃はよくあることだったが、お互い年頃になると、僕たちはお互いどちらの家にも行くことはなくなった。
 なんでだろう...せっかく落ち着いてたのに、また緊張してきた...
 落ち着け僕...こんなこと、子供の頃にはよくあることだったじゃないか...

「うわ~、変わってないね~」

 僕が落ち着こうと深呼吸を連発しているのを裏腹に、リビングのテーブルの上にカバンを置き、周りを見渡しながら奈津は言った。

「変わるわけないよ。住んでるのが僕なんだから」

「ふふふ、それもそうね」

「それもそうねって...お前なぁ...」

 僕の冴えない地味キャラを用いた屈指の自虐ネタに即答する奈津。
 まぁ、即答されてしょうがないのかもしれないな。
 僕は一人暮らしになってから、特に変化のない毎日を送っていた。
 というより、何かを片付けたり、新しいものを取り入れたりといったことが、ただ単に面倒くさかっただけなのかもしれない。
 でも最近、そんな僕の変化のない生活に、大きな変化があった。

「ヒナタ~、このセイフク?はここでいいのか?」

「ああ、そこの洗濯機の前にあるカゴに入れといて」

「センタッキ?何だそれは」

 そう、このダメダメな神様の存在。
 この家に僕以外の誰かがいること。
 僕が帰ってくると、家に明かりがついているという長いこと感じることがなかった感覚。
 それが、僕にとっての大きな変化なんだ。

「あ~、今行くよ」

 僕は早歩きで洗濯機の置いてある洗面所に向かった。
 無知な神様が、この家で...いや、この世界で必要最低限の生活を送れるようにするために。

        ☆彡

「やっぱり、何にもないか」

 昔の母さんの古いエプロンを身につけ、冷蔵庫を開けた奈津がぼやく。

「しょうがないだろ?僕料理やらないし」

「お茶にジュースにカップラーメン...一体どんな生活してるのかしら...まったく」

 台所にあるものを見渡しながら、奈津は心底呆れたような表情を見せた。

「見た感じ、お米もないし...ご飯どうしてるの?」

「コンビニで買ってるよ」

「白米?」

「もちろん」

「良かった。ちゃんとお米は食べてるみたいで安心したわ。で、今日はたまたま切らしてるだけ?」

 さっきの呆れ顔から急にホッとしたような顔になる奈津。
 そりゃ僕だってご飯ぐらいは食べるよ。

「いや、毎日買いに行ってる」

「どういうこと?お米って、一回買えばしばらく買わなくてもいいんじゃないの?」

「ほら、カトウのご飯ってあるじゃん。あのパックに入ってて、レンジでチンするやつ。あれを毎日買ってるんだ」

 僕が少し自慢気味に言うと、奈津は、

「はぁぁぁぁぁ~」

 とっっても深い溜息をついた。
 僕を見るその目は、何か愚かなものを見ているような、哀れみの目だった。
 毎日ちゃんとご飯食べてるぞっていう僕なりのアピールだったんだけど、マズった?

「そ、そんな顔しなくてもいいじゃんか。美味しいんだぞ、カトウのご飯」

「日向、あなた可哀想な人間ね」

「な、なんでだよ」

「カトウのご飯よりも、普通にお米を炊いて食べた方が何倍も美味しいのを知らないの?」

「知ってるよ、家族がいた時は炊いてたし。でももう何年も前の話だから、忘れてるよ、炊いたお米の味なんて」

「それじゃ、その時の味を思い出させてあげるわ」

 そう言うと、奈津は台所を出て、リビングに戻り、あろうことかエプロンを脱いでしまった。

「え?帰っちゃうの?」

「帰らないわよ」

 よ...良かった~。
 一瞬すごい焦ったけど、どうやら帰るつもりはないらしい
 エプロンを脱いだ奈津は、テーブルの上に置いてあったカバンを手に取った。

「今からスーパーに行ってお米を買ってくるの」

「え?今から?」

「今からよ」

 時計を見ると、時刻は7時を過ぎていた。

「もう遅いよ?今日はやめて、明日の帰りにスーパーに寄って買おうよ」

「別にいいわよ。私、暗いのなんかへっちゃらだから」

 いやいや、そういうことじゃなくてな。
 夜のスーパーやコンビニは、不良の巣窟だなんてこと、今の時代常識だぞ。
 そんな中に美人の奈津が入って行ったら、どうなるか分からない。

「いや奈津、だからな...」

「あれ?タカネナツ、どこか行くのか?」

 僕が仕方なく不良の説明をしようとすると、兄貴の古い服に着替えてラフな格好になったカイトがリビングにやってきた。
 家に来てから2日間は、天界の正装だからと言って、ずっと下界に降って来た時と同じ袴を履いていたが、雨に濡れたせいもあり、いい加減臭くなってきたので、今朝兄貴の古い私服を渡して置いたのだ。

 一方奈津はというと、カイトの姿に、どこか見惚れているような感じがあった。
 
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