次期社長と甘キュン!?お試し結婚
「お疲れ様です」

 すれ違う前に同僚たちと頭を下げる。彼はこちらを一瞥すると、なにも言わずに通り過ぎていった。

「まさか噂の社長代理に、こんなところで会えるなんて!」

「本物初めて見たね。思ったより若いけど、なんかオーラが半端なくて違緊張したー」

 しばらくしてから、また同僚たちのお喋りが再開される。この状況のおかげで昨日の彼の提案がなんとなく理解できた。やはり祖父母の約束がなければ、私と彼は住む世界が違うのだ。

 そのまま足を進めようとして、私はなんだか複雑な気持ちになった。今から会議なんだから余計なことを考えている場合ではない。それなのに、なにかに引かれるように後ろを振り返った。

 え?

 すると、もうとっくに行ってしまったであろうはずの彼が視界に入った。しかも、後ろ姿ではなく、突き当たりの角のところからこちらを見ていたことに驚く。

 まさかの視線が交わり、彼は無表情のまま小さく手招きした。そして、すぐに踵を返して歩き始める。

「三日月さん、どうしたの?」

 同僚の一人が足を止めている私に声をかけてきた。

「ごめん、ちょっと忘れ物しちゃったから先に行っといて」

 そう言ったのと同時に私は駆け出し、彼の歩いていった方を辿ってみる。そこは資料を保管している部屋が並んでいて、彼どころか人の気配もなかった。もしかして気のせいだったんだろうか。
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