次期社長と甘キュン!?お試し結婚
 せめてもの意地に、と私は自室で直人を待つことにした。そして宣言どおり電話を終えてから十五分くらいして玄関に人の気配を感じる。声をかけるか迷っているうちに扉がノックされて私は慌てて立ち上がってドアを開けた。

「ただいま。遅くなったな」

「いいよ、お疲れ様。トラブルは大丈夫だった?」

「ああ。北米の空港でストがあって、ちょうどその対応に追われてた」

 貿易に携わる者として、常に様々なトラブルに見舞われたりするが、航空会社やコンテナ船などの運搬会社のストライキは非常に痛手だ。そのための保険もあるくらいだが、だからといってなにもしないわけにもいかないだろう。

 彼の顔には疲れが隠しきれていないし、やはり無理して映画を観るべきではないと思う。しかし、私がなにか言う前に、彼はある紙を私に差し出した。

「ポストに入ってた」

「あ、うん」

 渡されたのは私宛の返信用葉書つきのものだった。ここに引っ越したことは、ほとんど誰にも報告していないが、郵便局に転送届けをだしておいたので、こちらに届いたようだ。

 受けとると、直人は着替えてくる、と告げて背中を向けたので、私はその葉書とDVDを持ってリビングに足を進める。

 いつもの癖で電気を消そうとするのを、寸前で止めてソファに座った。少しだけぼうっとしてから、改めて渡された葉書に目を落とす。

 それは高校のときの同窓会のお知らせだった。今年はホテルで行うらしく、なかなか本格的のようだ。しかし私には関係ない。忘れないうちに返事を書こうとペンを探す。

「同窓会か?」

 そして、いつのまにか着替えた直人が、ソファの後ろから私を覗き込むようにして立っていたので、必要以上に驚いた。

「行かないけどね」

「行かないのか?」

 不思議そうに尋ねてくる彼に私は苦笑した。
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