次期社長と甘キュン!?お試し結婚
「べつにかまわないさ。晶子といるのは嫌じゃない」

 迷いのない声は、逆に私を狼狽えさせた。さらに、いつもの調子でやっぱり頭を撫でられる。

「晶子こそ」

 そこで言葉が区切られたので不審に思って直人の方に顔を向けた。すると真剣な瞳でまっすぐこちらを見ている直人と目が合う。

 吸い込まれそうな深い黒に、魅入られたように動けない。頭に乗せられていた手がいつのまにか、髪を伝ってゆっくりと下ろされ、私の頬を滑った。

 瞳を閉じる間もなく、直人の整った顔が近づいてきて唇に温もりを感じた。それはすぐに離れて、一度、至近距離で視線が交わり、再び口づけられる。今度は瞳を閉じてそれを受け入れた。

「キスは拒まないんだな」

 触れるだけの長いキスを終え、その唇が紡いだ言葉に私は素直に動揺した。ものすごく、はしたないことをしたような、それを責められたような羞恥心と罪悪感で苦しくなってくる。

「まぁ、たかがキスだしな。それで好きとは言えない、か」

 肯定も否定もできず、私は押し黙った。ひとつだけ分かったのは、直人にとっては、やはりキスなど、取るに足らないことなのだ。

 そのことに、なんだか爪で引っかかれたようなジリジリとした痛みを覚える。そんな私にかまわず、直人は「やっぱり眼鏡はない方がいい」と優しく頭を撫でてくれた。

 こんな風に彼が触れるのは、私が直人の犬に似ているからなのか。でも私のことが好きだから、と言われるよりよっぽど納得できる。

 無理に拒もうとは思わない。直人の思いがなんであれ、こうして触れられるのは、キスされるのは嫌ではない。それだけは確かだ。そして、確実に痛みを伴うなにかが引っかかっているのも事実だった。
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