イケメン富豪と華麗なる恋人契約
望月商事といえば、セラミックスや金属素材、電子機器材料などを取り扱っている、中堅の貿易商社だ。軽く創業百年は経っていたように思う。

多くのグループ企業があり、最も有名なのは『望月陶器』。陶磁器の老舗ブランド『望月』と言われたほうがわかりやすいかもしれない。百円ショップの食器しか購入したことのない日向子でも、『望月』の名前は知っているほどだった。

ちなみに、望月商事の事業内容や関連会社まで知っているのには別の理由がある。

就職活動をしていたとき、中途採用の募集があると聞いて問い合わせたことがあったからだ。
望月商事のような商社系の場合、新卒なら専門学校卒が最低ラインだと聞く。ところが、そのときは学歴不問だったため、ダメもとで問い合わせたのだ。すると、人事課から履歴書を送るようにと言われ、少しだけ期待して送ったものの……。


(無視されたんだっけ?)


それはともかく、望月商事の顧問になれたら、せめて事務所の家賃や光熱費くらいは心配せずに済むだろう。

なにか気の利いたことを言って小野寺をフォローしよう考えるが、とっさになにも思い浮かばない。結局、日向子にできることは愛想よく笑うくらいだった。

そんな彼女と違って、小野寺は実に気取りのない……というより、ぞんざいな態度で尋ねる。


「ところで、望月商事さんがうちになんの御用でしょうか? そちらさんなら、登記関係でも専門家がいらっしゃるでしょうに。うちなんかに頼まれる仕事はないような気がするんですが」


言われてみれば、たしかにそうだ。
望月商事くらいの規模になれば、すでに顧問契約を結んでいる司法書士がいてもおかしくない。いや、新しい司法書士を探しているにしても、こんな小さな事務所ではなく、士業を何人も抱えるような大手と契約を結ぶはずだ。

だが、朝井はニコニコと笑ったまま、日向子のほうを向いて話し始める。


「いやぁ、本当に申し訳ないのですが、実は仕事の依頼ではないんですよ。私どもは、こちらの三輪日向子さんにお話がありまして、ご自宅に伺ってもよかったのですが、雇用主である小野寺先生にご同席いただいたほうが、と」


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