イケメン富豪と華麗なる恋人契約
冷静になると、涙でグチャグチャになった顔を、この男の前で晒しているのはどうにも悔しい。

目の前に、差し出されたままのハンカチがあり……まさに、背に腹は代えられない気分で、サッとひったくるように千尋の手からハンカチを借りた。

顔に押し当てた瞬間、ベルガモットの香りがふわりと漂う。
ふいに抱きしめられたことを思い出し、恥ずかしさに日向子の身体は熱くなる。


「きちんと、洗って、お返しします、ので……」


鼻をすすりながら、日向子は必死でなんでもない声を出す。


「で、でも、さっきのって……セクハラですよね?」


なにか反撃したくて、『セクハラ』を盾に千尋を睨んだ。

すると、思いがけず彼は相好を崩したのだ。意外にも、くったくのない笑顔を見せられ、日向子の胸はトクンと鳴った。


「ああ、失礼しました。ああいった手段以外に、女の子の涙を止める術を知らないもので」


聞き様によっては、なんて傲慢なセリフだろう。しかも、『お嬢ちゃん』の次は『女の子』だなんて、彼には思いきり子供扱いされている。


「だがこれで、本格的にクビでしょうね。日向子さん、あなたは私をセクハラで訴えますか?」

「う、訴える? そんな、そこまでは……いえ、セクハラはともかく、わたしにあなたをクビにする権限なんてありませんから」


日向子は冷静に考え、譲歩したつもりだった。だが、千尋にとっては呆れるような返事だったらしい。彼は大げさなくらいのため息をつくと、子供に諭すような口調で言い始めた。


「いい加減にしてください。芝居は不要だと申し上げたはずですよ」

「そんな、芝居なんてしてません!」

「では、私が下の事務所で申し上げた言葉を覚えていますか? 先代社長に関することですが」

「先代社長って……だから、笹木の父の旧姓が望月で、その社長さんのひとり息子だったっていうことでしょう? 父が亡くなっているので、後継者はわたしだけ。その社長さんが二週間前に……亡くなられて……え?」


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