君と罪にキス【加筆修正・番外編追加】
その表情が、ふっと変わる。あのときと同じ、切な気な顔。
やっぱり、勘違いじゃない。伊織君は今、誰かのことを考えてる。
憂い気な、それでいてどこか愛おしさを滲ませている。愛する人を、思い出しているかのような。
「森野さん?」
私の視線に気づいてか、パッとこちらを向いた。さっきまでの表情ではなく、いつもと同じ笑顔で。
「伊織君は、さ」
やめておけ、踏み込まない方がいいと脳内で警報が鳴る。私が、私さえ言わなければ今まで通りの関係でいられる。
「誰を、想ってるの?」
言うな、伊織君という甘美な毒に自ら溺れたんだから、そのままでいいじゃないか。伊織君に悲しい顔をさせる必要もない。
「キスするとき、それ以上のコトするとき……今だって」
パンドラの箱は、開けてはいけないのに。
「誰と重ねて見てたの?」
聞いてしまった。
ついに、核心に触れるようなことを。サイレンは鳴り止まない。
伊織君は視線をさ迷わせたあと『どういう意味?』努めて普段通りに話そうとする。
でも瞳の奥で感情が揺らいでいるのが分かった。
「そのままの意味だよ」
「森野さん、面白いこと言うね」
「冗談で言ってるんじゃないよ」
「……だよな」