イジワル御曹司に愛されています
「あなたじゃなきゃダメだと言ったんです。国際的な関係者が集まる場に、もっともふさわしいのはあなただと、日本中の専門家の中からあなたを指名した。僕がなぜ先生にこだわるのか? それが理由です」


荒くなった語気を静めるように、ふうっと一度、息を吐く。


「小木久先生、協会の判断が間違っていないことは、ご自身も自負されているんじゃないですか。ほかの誰かでは、"似たようなこと"しかできないと、ご理解されているんじゃないですか」


先生の目が動いて、都筑くんのまっすぐな視線を受け止めた。


「もう一度申し上げます。先生の講演を待ち望んでいる人がいることを、どうか思い出してください」




帰途に就いたのはもういい時間だった。

先生の原稿の細かな調整と、議題ごとの時間の割り振りなど運営にかかわる部分まで、みっちり話し合ってきたからだ。

夕食もとらずにぶっ続けで数時間それに費やしたため、私も都筑くんも疲労困憊。大学からの乗り継ぎがシンプルな、都筑くんのマンションのほうの駅に着くまで、ぼんやり電車に揺られるのみで、会話もなかった。

駅を出たところで、都筑くんが大きく伸びをした。つられて私も。


「やったな」

「やったね」


彼が私を振り返る。口元に浮かんでいた笑みがだんだんと広がり、全開の笑顔になった。


「やったな、おい!」


私は、見慣れないその弾けるような笑顔に気を取られていたので、肩に腕を回されたときも、ぼうっとしていた。ぎゅっと抱き寄せられ、都筑くんの体温に包まれてようやく我に返る。

えっ、えっ、うわっ。

うわーっ!

その手は男同士みたいに、何度か力強く私の肩を叩いて離れていった。


「やばいなー、すごい解放感と達成感。飲んでこうぜ」


一瞬、頬のあたりに感じた都筑くんの喉元の肌の温度と、いつもの香水の香りの名残が、私の顔を火照らせる。

少し先を歩く都筑くんが振り返り、「いいだろ?」と笑った。

解放されると、そういう感じになっちゃうの? なにその屈託のなさ。こっちは免疫がなさすぎて、戸惑うしかない。


「…うん」

「にしてもなあ、がくっと来る理由だったな、先生のおかんむり」

「どうしても許せなかったんだろうね」
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