イジワル御曹司に愛されています
話しながら、私に向かって親指で出口のほうを指してみせる。先生が戻ったら電話をくれるよう頼み込んでおいた、お弟子さんからだ。

ふたりぶんのカップをさっと処分して、カフェテリアを出た。


「小木久先生、どうかお考え直しくださいませんか」


研究室のほうへ行ったら、ちょうど廊下で先生と出会った。けれど足を止めてすらもらえなかったので、並んで歩きながらの説得。

痩せていて背の高い、見るからに気難しそうな風貌の先生は、まとわりつく私を完全に無視だ。


「あの、せめて私たちのなにが至らなかったのか、教えていただけませんか。謝罪させていただきたいんです」


長身の先生の早歩きについていくには、ほとんど走らないといけない。必死に食いつくも、振り落とされそうになったとき、先生の足が止まった。

都筑くんが前方に立ちはだかったからだ。


「都筑です、お会いするのは二度目です、覚えていただいてますか」


金縁の眼鏡の奥から、剣呑な目つきが都筑くんを射る。


「チャンスをいただけませんか。我々に直すべき点があれば善処します。先生もどうか、先生の講演を待ち望んでいる人がいることを思い出してください」

「似たようなことをできる人間はいくらでもいる。私にこだわる理由はなんだ」

「日本における再生可能エネルギーの第一人者で…」

「あ、いいよ。門外漢のきみがなにかを読んで覚えたような文句、興味ない」


片手をひらめかせて相手の言葉を遮る。都筑くんが、表情こそ大きく変えないものの、ぐっと歯を食いしばったのがわかった。

しばらくにらみあったのち、都筑くんが鞄を探り、なにかを取り出す。本だった。新書だ。それをぽんと先生に渡して、さらにその上に、単行本、また新書、と重ねていく。どれも読み込まれた形跡がある。


「確かに僕たちは門外漢です。だから展示会のテーマが決まったら、その世界について猛勉強します。展示会は企画がスタートしてから実施まで、二年から三年かかります。その間ずっと勉強です」


数冊の書籍を見下ろして、先生はほんのわずか、眉をひそめた。


「先生の著作も拝読しています。僕だけじゃない、チーム全員。それでも門外漢です。だから協会さんのような専門家の協力が不可欠なんです。その協会さんが──ここにいる、千野が」


都筑くんが片手で私、続いて先生を示した。
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