イジワル御曹司に愛されています
きっと本人も無意識に、乾いた唇をちらっと舌が舐めて、喉がこくりと動いた。生身の人間らしいその動きを見ていたら、さわりたくなった。

指を伸ばしたとたん、目がこちらを向く。


「どうした?」

「ううん」


鎖骨から喉元にかけての、男の人らしいラインをなでる私を、不思議そうに見る。その喉がまた動いた。


「俺の母親さあ」

「うん?」

「もともと、親父の愛人だったんだよね。今では正式な夫婦だし、俺も親父と親子関係にあるけど、産まれた時点では俺、私生児なわけ」


いきなり語られだした出自に、思わず手を止める。


「それもあって、俺と母親は、一族の中ではまあ、かなり煙たがられてて、特に俺は、そんな立場のくせに親父の後継にもなり得るポジションにいるからさ。風当たりすごいの」


彼がしゃべっている間中、喉の振動を指で感じていた。その手を都筑くんが取って、手のひらに唇を押しつける。


「俺が自分のそういう生まれを知ったのが、中3のとき」

「もしかして、そのあたりから、あんな感じに?」

「かわいくて笑っちゃうだろ」


にやっと片頬で笑んで、腕枕をしてくれていた腕で私を抱き寄せる。私の片手は取られたままで、彼が言葉を発するたび、唇と吐息が手のひらをくすぐった。


「会社のある東京だと危ないから、工場のある神奈川に家を建てて、俺とお袋をそこに置いて、親父はひとりで都内に住んでた。でもしょっちゅう来てくれて、会社の話とかしてくれてた」


ぽつぽつと語る視線はまた、天井に向けられる。


「なんかおかしくなってきたのは、俺が大学1年のとき、親父が身体壊してから。それまで俺を守ってくれてた叔父が、社内で親父と敵対しはじめたって聞いた。権力って人を変えるんだと思った」

「…お母さんは、今ひとりなの?」


私の手をじっと握って、都筑くんがしばらく黙る。
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