イジワル御曹司に愛されています
「お袋は世間知らずで、よく言えば素直、悪く言えば自分がない。あっさり叔父に懐柔されて、今はたぶん、そういう関係になってる」

「えっ…」

「顔を合わせれば『叔父さんの言うことを聞きなさい』だから、ちょっと距離置いてるんだ。親父が死んで、目が覚めたか加速してるか…どっちかなあ」


後者だと確信しているんだろう、その声に、明るい希望は聞き取れない。都筑くんはぼんやり上方を見つめたまま、私の手に息を吹き込んだ。


「以上、誰にも話したことのない、都筑名央を取り巻く事情たちでした」

「どうして話してくれたの」

「感謝してるから」


え。

都筑くんが上半身を起こして、のぞき込むように私を見下ろした。


「俺、家に行ってくる。会えるかわからないけど、親父見送ってくる。千野のおかげで気持ちが整理できた。ありがとう」


その表情の細かなところまで見てとれて、いつの間にか室内がずいぶん明るくなっていたことに気がついた。都筑くんのなめらかな肌が、朝日に柔らかく浮かび上がっている。


「…私なんかで、よかったのかな」

「俺は、千野がよかったんだよ」


にこっと笑むと、身を屈めてキスをくれる。何度か食みながらも、さっぱりとした親しみだけが込められたそのキスは、特別な一夜が終わったことを、わかっているのだと告げていた。

ボクサーパンツ一枚の姿が、私を乗り越えて、さっとベッドから出る。


「悪いけど、シャワー浴びたらすぐ出る。送ってくよ」

「いいよ、もう明るいもん、ひとりでも危なくないから」

「…そう?」

「都筑くんは、お父さんのところに急いであげて」


吹っ切れた笑顔でひとつうなずき、引き締まった身体がバスルームに消える。私は少しの間枕に顔をうずめてから、ベッドを出て帰る支度をした。


「できたら葬儀にも出たいから、二日間くらい忌引きもらうと思う。こんな時期に抜けて申し訳ないって、松原さんにもお詫びを伝えておいて」

「うん。こっちのことは気にしないで。気をつけて」

「サンキュ」
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