イジワル御曹司に愛されています
前日、というのは私と都筑くんが家の前で別れた、あの日のことだ。都筑くんは持っていた鍵で家に入ったところ、お母さんと叔父さんに不法侵入扱いを受けて警察を呼ばれたんだそうだ。

あかねにそれを聞かされたときは、都筑くんの無念と、増したであろう孤独が想像できて、泣きそうになった。


『近所では、また都筑の息子が問題起こしたか、みたいな扱いだったようだけどね。たいていの人はほら、高校のころまでの都筑しか知らないから』

「なるほどね」


たぶん、都筑くんが"戻った"のは、お父さんの病気がきっかけだ。けれど時を同じくして、今度は叔父さん、お母さんとの関係が悪化している。そのころから地元から足が遠のいていたに違いない。

彼の動向がわからないまま、週が終わってしまった。

都筑くん、今どうしてる?


* * *


「あ、もしかして心配してくれてた?」

「してくれてたよ…」


週明け、倉上さんと連れ立って、都筑くんがあまりにも平然と打ち合わせに現れたものだから、私は安心し、しすぎて腹を立てていた。

ちょうど小木久先生にふたりして呼ばれていたので、打ち合わせが終わった後に一緒に大学に向かう道中、つい恨みをぶつけてしまう。


「そりゃ悪かった」

「お父さんに、会えた?」

「うん。納棺前で、和室に寝かされててさ。お袋に見つかるまで一時間くらい一緒にいられた」


そっか、それだけは、よかったと言っていいのかもしれない。

吊革の上のバーを握る都筑くんの横顔は、すっきりしたようにも見えて、やっぱり家に戻ったのは、正解だったんだろうと思えた。


「…お葬式は?」

「正面からは入れてもらえなそうだったから、潜り込もうとしたんだけど、本職の人に見つかって、あ、これ殺られると思って逃げてきた」

「本職…」

「こっちのさ。すごいな、もう気配からして、明らかに普通じゃないのな」


そう言って、頬の傷を示す仕草をする。


「まあ、親父の顔は見られたし、状況もちょっとわかったし、十分」

「そう…」
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