イジワル御曹司に愛されています
「そこまで言っていただけると、御社に売り込みに行った甲斐もあります」

「あ、そうだよね、最初は電話だったんだもんね、飛び込みの」

「協会さんは、こういうイベントごとには参加しない、声をかけるだけ無駄、というもっぱらの業界の噂だったので、ダメ元だったんですけれど」

「松原さんの前任の課長さんまでは、そういうタイプだったの」


僕が選ぶ、と松原さんが自ら予約したお店は、壁や御簾をうまく目隠しに使って全席を半個室にしてある、くつろげつつも堅苦しくない創作和食のお店。

こぢんまりとした三人席は、さほど大きくないテーブルをコの字に囲むようにベンチタイプの座席が作られていて、都筑くんと松原さんが向かい合い、私がコの字の背中の棒に当たる場所にいる。

ざっくばらんに飲んで話して見送りたい、という松原さんの意向が伝わったんだろう、都筑くんは松原さんと一緒に、利き酒セットを試したりコースにない料理を注文したり、気楽に楽しんでいるように見える。

その都筑くんが、私の発言に相槌を打った。


「そうなんだ」

「うちのオフィスってなんでか、ドラマとかの撮影協力依頼がよく入るんだけど、それをようやく受け入れたのも松原さんが最初」

「あ、ロケに使われてるんだ?」

「先月までやってた弁護士のドラマ、わかる? あれの事務所、うちなんだよ」

「へえ、探して見てみよ」


彼の左側にいる私からは、彼の手首にはまった時計がしょっちゅう見える。黒い文字盤の、メタリックな時計。

都筑くんは服を脱いでも、腕時計をしたままでいることが多いらしく、あの日も金具に私の髪の毛を一本挟んでしまうまで、外すのを忘れていた。

──なんて不用意に思い出していると、また突っ込まれるよ、私。いけないいけない、と首を振って、頭を現実に戻す。


「いい時計だね」


一瞬、心の声が漏れてしまったかと思ったのだけれど、言ったのは松原さんだ。都筑くんは、はっと右手で左手首を押さえ、照れくさそうに笑んだ。


「もらいもので」

「就職祝い?」

「いや、成人祝いですね、親戚から」

「それは、わかってる人だねえ。学生にそういう本気の贈り物できるってのは、愛情だよね」


都筑くんの複雑な表情を見ていて、叔父さんからだろうと想像できた。それでも嬉しそうに、「はい」と顔をほころばせる。


「見ただけで、いいものとかわかるものなんですか?」

「男はね、時計と車くらいしか金かけるところないから、持ってる情報もそこに集中しちゃうんだよね」
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