イジワル御曹司に愛されています
松原さんが笑って、自分の左耳を指さした。都筑くんが「あ」と恥じ入って恐縮し、自分の耳たぶに手をやる。


「お恥ずかしいです、若気の至りで…」

「まだ十分若いくせに、なに言ってるの」

「や、人生浅いなりに、消したい過去くらい、ありますよ」


ピアス穴の痕が残る耳をかすかに染めて、松原さんにいいようにからかわれながら、都筑くんはそれからも、楽しそうに笑っていた。


「都筑くん、大丈夫?」

「飲みすぎた…」


松原さんと別れ、駅に入ったところで、前を歩く身体がふらついたので、慌てて腕を支えた。顔を見てみると、酔っているというより、眠そう。


「休んでから帰る?」

「ん、大丈夫」

「気分悪くない?」

「むしろ気持ちいい」


ふわふわした心もとない口調で、目をこすりながら言う。いい具合に酔っぱらっているなあ。置いていったらそのへんで眠り込んでしまいそうだ。


「松原さんて、すごいな、酒飲み」

「あの人に合わせちゃダメだよ、会社でも別格扱いで、バッカスって呼ばれてるくらいなんだから」

「先に言えよ…」


手すりを頼ってなんとか階段を下っているという風情の後ろ姿を見て、松原さんはよほど都筑くんを気に入ったんだなあと思った。興味がない相手とは、つきあい程度に飲んではい終わり、という感じの人だ。ここまで本気で飲ませにかかったのを、見たことがない。

そこそこ食らいついていけてしまったのが、都筑くんの不幸だ。お気の毒さま。


「コーヒーでも買ってこようか?」


無言で首を振って、改札を通る。ここからだと、私の家に行く路線のほうが便利だ。けれど心配だし、必要そうなら向こうの家まで一緒に帰ろう。

終電まで少し余裕のある電車はすいていて、並んで座ることができた。都筑くんが深い息をついて、座席の端の仕切りに頭をもたせる。


「昔はもっと無茶しても平気だったのになあ…」

「25歳超えたあたりから、徹夜とかもきつくなってくるよね」
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