イジワル御曹司に愛されています
ふと向こうがこちらを見た。


「え、なに?」

「いや…」


すぐに目をそらして、口ごもる。


「…こんな普通に話してもらえると、思わなかった」


え。

私の視線から逃げるように向こうを向くと、都筑くんはそのまま目を閉じて寝てしまった。長いまつ毛が、頬に影を落としている。

この間のことを、気にしているんだろうか。私を傷つけたと思って。

あのね、それ、私の台詞だよ。

ごめん、と言われてから、仕事上のメールのやりとりなんかはあったけれど、顔を合わせたのはこれが最初。もしかしたら彼のほうが私より、あれを引きずっていたのかもしれない。

横顔を眺めながら思った。

都筑くんて、案外なんだか、ほうっておけない。

静かな寝顔は、安らかでかわいい。気分も悪くなさそうだし、着いたら起こしてあげよう。久しぶりにたっぷり飲んだから、私も眠たい。

本を取り出す気にもなれない、心地いい億劫さ。少しだけ頭を休めるつもりで、瞼を下ろした。


──大事なことを耳にした気がした。

目を開けると暖かくて、明るくて、一瞬どこにいるのかわからず、ちょっと考えてから、あっ電車の中だ、と気づく。ん? 私ひょっとして、知らない人に寄り掛かっていない?

頬に当たるスーツの感触にひやっとした直後、私の頭に重みが載っていることに気がつき、跳ね起きるのを思いとどまる。記憶が押し寄せてきた。なんでかというと、匂いで、隣の身体が都筑くんだとわかったからだ。

急に動悸が激しくなってくる。もたれ合って寝てしまったんだ。ていうか、今どのあたり? そういえばさっき、覚えのある名前を聞いた気が…。

あ!


「都筑くん、起きて、駅、駅!」

「いって!」

「降りないと!」


都筑くんを揺さぶって目を覚まさせ、発車のベルの鳴るホームへ一緒に飛び出した。彼は私が頭で弾き飛ばしてしまった顔を、まだ押さえている。
< 121 / 196 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop