イジワル御曹司に愛されています
「間に合った…」

「悪い、俺、寄り掛かってた?」

「えっ、ううん、気にしないで」


自分のことは棚に上げ、ふるふると首を振った。あの体勢でいくと、確実に私のほうが先に寄り掛かってしまったわけだけれど、なんとなくわざわざそれを知らせたくない。

少し寝たらすっきりしたようで、都筑くんの足取りも確かだ。私たちはぽつぽつと、お酒の席で出た話題や松原さんのことを話しながら歩き、10分もしないうちに私のマンションの前に着いた。


「じゃあ」

「うん、…じゃあ」


もう、都筑くんの家まで一緒に行く理由もない。私は力なく手を振った。


「おやすみなさい…」

「おやすみ」


肩越しにちらっと微笑んで、行ってしまう。片手をポケットに入れた、いつの間にかずいぶんと見慣れた後ろ姿。

ねえ、知ってる? 私たち、もう会う予定、ないんだよ。これから月が終わるまで、仕事の約束もないし、もちろんプライベートの約束もあるわけがない。

ひょっとしたら、これが最後になるかもしれないんだよ。

見えなくなるまで見送っていたのだけれど、一度も都筑くんは振り向かず。

その月の末、予定していた通りに、会社を辞めた。


* * *


「顔に書いてありますからねー、千野さん」

「なにも書いてないです」

「都筑はどこだ!って」

「書いてないです…」


なにがそんなに楽しいのか、にこにこして書類を出す倉上さんの前で、私は顔が赤くならないよう努めて平静を装った。


「それでですね、本日はレジュメに掲載する先生方の紹介文のチェックをお願いしたく。年鑑から拾ったので間違いはないはずなんですが、協会さんの視点で調整したいんですよ」

「はい、確認します」
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