イジワル御曹司に愛されています
この場で直せそうなら直してしまおうと、A4数枚にわたったテキストを読んだ。ざっと目を通して全体を把握してから、細かく確認していく。


「えっと、こちらの先生は、代表的な活動は確かにこれなんですけど、今回の講演内容を考えると、最近のNPOの取り組みを記載したほうがいいと思います」

「なるほど」

「あとこの方、来月著作が発表されます。ご本人にも確認しますが、その情報を入れてあげるのがいいかも」


目についた部分に赤で書き込みながら進めていくうち、倉上さんが用紙でなく私を見ているのに気がついた。口元に笑みを浮かべて、食い入るようにこちらを見つめている。


「あの…?」

「僕ね、都筑に託されてるんですよ、『千野をよろしく』って」

「あっ、え、そ、そうなんですか…」

「『独り言は邪魔するな、集中しはじめた証拠だから、我に返るまで待て』みたいな取扱説明つきで」


なんなの、その微妙に人をバカにした、恥ずかしい取扱説明。


「『突飛なことを言い出したら驚かずに説明を求めろ。言わないだけで、必ずそこに至った道筋があるから』とか」

「はあ…」

「あと『よく泣き言漏らすけど、聞かなくていい』とか」


ひどい。


「『印象より冷静で、ちゃんと考えてるから、浮上するのを待ってやって』って」


テキストに意識を注いでいるふりをして、熱い頬を隠した。

そういうのやめてよ、都筑くん、困る。


「あいつはねー、あんまりいろいろ表に出さないんで、冷ややかとかノリ悪いとか思われちゃったりもするんですけどね、けっこう熱くていい奴なんですよ」

「…わかります」

「あ、わかっていただけてます? さすが同級ですね!」


倉上さんは嬉しそうに笑ってから、「いなくなっちゃうんだもんなー」とさみしそうにため息をついた。


* * *


ほんと、いなくなっちゃうんだもんね。

都筑くんが退職してから2週間ほどたったある日の休日、私は町内パトロールに出ようと支度をしていた。
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