イジワル御曹司に愛されています
「あの…」

「使えないとか無駄な卑下やめろよな。普段の仕事と使う脳が違うせいで、要領がつかめないってだけだろ」


コンと目の前に置かれたのは、ココアの缶。自身はブラックコーヒーの缶を開けながら、都筑くんが正面の椅子に座った。


「…ありがとう」

「で、東京に絞るって?」

「あっ、そうなの、取り上げたい地域は山ほどあるんだけど、散漫になるくらいなら、いっそ絞っちゃおうと思って」

「いいと思うよ、もっと言えば地域まで絞っていいと思う。展示会会場のあるあたりを中心にするとか。それで深い話をするほうが、来場者の質に合ってる」


彼は本来、誘致する企業や団体と出展の契約を取りつけるところまでが仕事で、あとは事務局にバトンタッチするのだそうだ。出展内容については、頼まれればアドバイスするものの、基本的には参加者に一任。

そりゃそうだ、何百という出展社を、いちいちケアなんてしていられない。

じゃあどうしてこんなにうちの面倒を見てくれているのかというと。


『心配だから』


それだけ。


『宣伝はおろか広報部門もないとか。そこまでとは思わなかった』

『いらないんだよね、こういう世界って。担当者がいるくらいで…』

『そうなんだろうな。でもそれだと今回の仕事は荷が重いと思う。俺も専門じゃないけど、そこそこの数の企業を見てきてるから、手伝うくらいはできる』


そう言って、こんなふうに定期的に、私たちの進捗を見てくれている。

忙しいだろうに。ほかの取引先だってあるだろうに。

けれど、そのあたりを気にしてお礼や謝罪なんてしたが最後『鬱陶しい。よけいなお世話』と言われて終わりというのも学習したので、もうやめた。

3か月前の雨の日に貸したビニール傘は、翌週受付さんから『お預かりしました』と返却されてきて、巻かれた傘の中に飴がひとつ、挟んであるのが見えた。

彼の印象を、どう修正すればいいのか、いまだにわからずにいる。


「なあ、今度は外でやろうぜ、この会議室、息が詰まる」

「外って」

「喫茶店とか。別に機密の内容でもないだろ?」

「でも」

「業務中に外出とか、厳しい?」
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